<ご報告>第6回GSDM国際シンポジウム
「東アジアにおける地政学、地経学、エネルギーとイノベーション」
2月27日(水) 13:00~17:30 (東京大学本郷キャンパス 情報学環 福武ホール)
シーン・セッティング
• 基調講演1:高原 明生先生
東京大学公共政策大学院高原院長は、冒頭講演者、参加者、主催者に感謝の言葉を述べたのち、中国の「一帯一路構想(BRI)」と日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」とを対比させ、現代の変化が続く地政学的状況において、2つのイニシアティブが共存できるかという問題を提起した。そのうえで、BRIは諸国間で経済関係を調整してウィンウィンのパートナーシップを築くことにより、中国の外交政策の安定化を目指したものだと説明した。そしてBRIとFOIPを概念化するには、星座に例えるとよいと述べ、星座の個々の星に当たるのが、より広い枠組みの中の各プロジェクトになるが、イニシアティブ全体としては必ずしも統一性のあるものではないと指摘した。BRIの場合、その星座は例えるなら竜の形をしており、世界における習氏の力と権威のシンボルとみなすことができるとした。最後に、これら2つのイニシアティブは異なる戦略的および経済的目標を追っているので、共存できるものと確信していると述べた。
• 基調講演2:チェン・ジン先生
チェン教授は、中国のエネルギーおよびイノベーション政策について講演した。まず、中国におけるイノベーションとテクノロジーの最近の動向を説明したうえで、この国はすぐにエネルギー産業のリーダーになるだろうと論じた。なかでも、中国の経済発展にとっての研究開発および国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成の重要性を強調した。この点に関連して、安全性と効率を高めながら二酸化炭素排出量を減らすことを目指した最新の中国国家エネルギー計画について、詳細にわたる説明を加えた。この計画によって、中国は「手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギー」というSDGの目標7を達成できるだろうと述べた。最後に、中国で進行中のその他のエネルギープロジェクトを紹介した後、政府、大学、産業間の連携がきわめて重要であると指摘した。そして中国はまだ日本から、とくに研究開発部門で、学ぶべきことが多くあると述べて講演を締めくくった。
• 基調講演3:松橋隆治先生
松橋教授は、中国・アメリカ・日本の地政学的な役割を踏まえ、天然ガス等化石燃料の持つ制約や可能性に加え、太陽光・風力・水力を始めとする再生可能エネルギーのエネルギーシステムにおける課題とこれに対する対応について述べた。持続可能な開発目標(SDGs)にもあるように、CO2の排出抑制、さらにはゼロエミッションあるいはマイナスエミッションを実現するなど気候変動にどのように対応するのかがグローバル社会全体における大きな課題となっている。その解決のためには、再生可能エネルギーが大きな役割を果たすが、同時にエネルギー関連分野を中心にイノベーションを促進させ、再生可能エネルギーを含む電力システム全体の安定化などの課題に対応していくことが重要であるとの指摘があった。このような環境の下、中国の産業や政策が果たす役割はますます大きくなっているとの説明があった。また、東京大学工学部とマサチューセッツ工科大学(MIT)の協働によるエネルギーリサーチクラスタを例に、エネルギーシステムについての課題分析、包括的なテクノロジー政策の研究を通してエネルギーイノベーションを活性化するアカデミア主導型のエネルギーイノベーションの活性化の試みについて紹介があった。
• 基調講演4:チ・イェ先生
チ教授は、近い将来に再生可能エネルギーが主要なエネルギー源になると予想できるが、それには大きな課題が残されているとし、とくに中国は、再生可能エネルギー利用量の急増によって急速なエネルギー転換を体験していると述べた。中国のエネルギー転換の動向を見極めるには、この国がいつ二酸化炭素排出量のピークを迎えるかを理解することが不可欠だとの説明があった。そしてチ教授のモデル「Enhanced Transition(強化された転換)」のシナリオによれば、中国の二酸化炭素排出量は、当初予想されていた2030年という目標を大幅に早め、すでに2014年にピークを迎えていたとした。最後に、中国のエネルギー転換の国内政策は国際的な取り決めより厳しいので、その二酸化炭素排出量の目標を達成できるだろうと説明した。
• GSDM学生による発表(ワークショップ)
シンポジウムの午前中に開催されたワークショップにはGSDMの学生25名が参加し、イベントのトピックに関する深い知識を得るとともに、北東アジアのエネルギーと持続可能性の未来についてのブレインストーミングを行なった。GSDMの学生であるチェーザレ・スカルトッツイ(Cesare Scartozzi)氏とニクヒル・ブガリア(Nikhil Bugalia)氏がこのワークショップを企画し、角和昌浩教授がモデレーターを務めた。その後、GSDMの学生でシンポジウムチームのメンバーでもある石田みずき氏がシンポジウム中で、ワークショップの成果について発表した。石田氏は、STEEPのシナリオ計画手法に従って、学生たちが東北アジア諸国での一連の分野横断的シナリオを確認し、日本、中国、韓国に、2040年までに持続可能なエネルギーミックスを実現できるよう行動を促す6つのシナリオを想定したと説明した。最後に石田氏は、学生たちがまとめたトレンドとシナリオを示し、高齢化する人口、地球温暖化、原子力、電気自動車の増加などの一部のトレンドが全グループを通して繰り返し登場したことを指摘した。
パネル・ディスカッションA:エネルギーとイノベーション
パネリスト:中野岳史氏
中野氏は、世界の特許出願件数の推移等のデータを踏まえ、イノベーションの促進のためには知的財産を活用することが重要であると述べた。そのためには知的財産の概念を広く捉える必要性があるが、知財強国を国家目標に掲げている中国の特許出願が急増し現在世界一位になっていることなど、特許等知的財産権をめぐるグローバルな状況が大きく変化している旨の指摘があった。従来の知的財産戦略が、モノ”に関する技術が競争力の主たる源泉であった供給主導型のモデルから、ビッグデータ・人工知能・IOT等の技術革新、価値観の変化、新たなビジネスモデルの発展等により、新技術・新製品でも選ばれないと売れない需要主導の市場に変化しているとの指摘があった。今後の知的財産戦略におけるプロイノベーションの構築の重要性を強調し、特許の”量”より”質”への転換が重要であるなどのコメントもあった。一方で、オープンイノベーションとして権利の共有化や、基礎となるデータの共有を多国間で行いイノベーションを活性化することの重要性についても説明があった。
パネリスト:田中伸男先生
田中教授は、北米のシェール革命、太陽光によるPV革命、中国のグリーン革命、そして電化という、最近に起きた4つの主なエネルギー革命について紹介した。これら4つの革命のうち3つが中国で起きつつある。そして中国と米国は正反対の方向に進んでおり、中国は再生可能エネルギーと原子力エネルギーを利用することで化石燃料への依存を減らそうとしてきているのに対し、米国は石油と天然ガスの産出量増加に重点を置いてきているとの説明があった。また、日本と韓国はエネルギー安全保障の代償として化石燃料に頼り続けているとも述べ、両国がこの方向を取り続けるならば、炭素の回収・貯留に投資する必要が生じるだろうとした。また、とりわけ中国と日本にとっての、エネルギー源および貯蔵として水素を利用することがもつ可能性についても言及した。プレゼンテーションの最後の部分では、原子力発電の将来性をさらに詳しく説明した。原子力発電にはまだ発展する機会があるが、安全性などの問題に対応する必要があるとの説明があった。
パネリスト:シャン・ジュンヨン氏
シャン博士は私たちの時代の3つの大きな難題である、環境汚染、気候変動、資源制約について話した。これらの難題は互いにつながり合っており、その中心にはエネルギー問題があるとされ、世界の化石燃料の推定埋蔵量は、今後55年分しか残されていないという事実が指摘された。このため、信頼性があり、クリーンで手ごろな価格のエネルギー源が求められているなか、再生可能エネルギー技術のコスト削減によって、グリーンエネルギーに移行できる見込みに説得力が生まれ、前途有望になってきたとの説明があった。世界のいくつかの場所で、再生可能エネルギーのみを利用して一定期間経済活動を維持する方法の実験が成功を収めているとし、太陽光発電と風力発電で知られる中国の青海省が、2018年に10日間連続で再生可能エネルギーのみで電力系統を動かした事例を挙げた。次に話題を変え、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行によって、エネルギー生産が各国に拡散するとともにエネルギー市場の回復力も高まることで、どのように地政学が再形成されるかを述べた。最後に中国では、電化に重点を置いて、需要と供給の両面からエネルギー転換を進めてきたが、最大の課題は再生可能エネルギーの分布が国全体で不均衡なことで、生産は西部に集中し、消費は東部に集中していると指摘した。また、中国がエネルギー供給を安定させてエネルギー貯蔵の問題を解決するために実現できるいくつかの戦略を提案した。
パネル・ディスカッション B:エネルギーと地政学
パネリスト:平竹雅人氏
平竹氏は、自らの経験に基づき、エネルギーと地政学の問題に立ち向かう未来のリーダーにとっては、変化がまさに起きている場所を実際に訪問し、信頼できる人から得た情報を組み合わせて、大きな変化を俯瞰していくことが重要であるとした。また、世の中の全てのものがネットワークで繋がる、近い将来のインダストリー4.0の世界においては、エネルギーはデータの交換を媒介する不可欠な存在であり、今後、駆動力としてのエネルギーの価値よりも、データとしてのエネルギーの価値が増していくのではないかと述べた。
パネリスト:金敬翰氏
金公使は、韓国の観点から、北東アジア地域で協力する大きな可能性がありながら、これまでほとんど実現されていないと述べた。しかし、テクノロジーの発達と南北間の宥和策によって、最近ではエネルギー協力の実現可能性が高まっていると論じた。また、韓国では新しい石炭火力発電所の開発を中止して、よりグリーンな未来へと移行してきているとの説明があった。電力需要は急速に増加しており、そのために韓国政府は2017年に「エネルギーの需要と供給」に向けた8つの基本計画および再生可能エネルギーに向けた計画を発表している。ただし天然ガスの需要増加に対処するために、韓国はロシアおよび北朝鮮との協力を強化して地域パイプラインを建設する必要がある。地域的なつながりは韓国内において概ね肯定的にとらえられ、また平和的な関係を向上させるとともに地域での発電の不均衡に対処する方法として受け止められていると論じた。結びとして、手遅れにならないうちにエネルギー部門での将来の課題に対処できるよう、協力をはじめる必要があると呼びかけ、世界的な先行き不安と世界のエネルギー市場の不安定から、強固な地域協力を求められているとした。