<ご報告>
第118回プラットフォームセミナー
ノーベル平和賞受賞 デニ・ムクウェゲ医師来日講演会
「平和・正義の実現と女性の人権」
2019年10月4日(金)12:30~15:00
(東京大学本郷キャンパス伊藤国際学術センター伊藤謝恩ホール)

2019/10/30
(1)日時 : 2019年10月4日(金)12:30~15:00
(2)場所 : 東京大学 本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール
(3)内容 : ①開会あいさつ:五神真 東京大学 総長
②主旨説明:藤原帰一 東京大学 未来ビジョン研究センター 長
③基調講演:デニ・ムクウェゲ医師
④パネル・ディスカッション
コメント1:隈元美穂子 国連調査訓練研究所(UNITAR)持続可能な繁栄局長
コメント2:華井和代 東京大学政策ビジョン研究センター 講師
 質疑応答

(4) 企画主旨
 紛争や自然災害がもたらす社会の不安定化が地域にくらす住民におよぼす影響を理解するため、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で性暴力被害者の救済に尽力してきた婦人科医デニ・ムクウェゲ医師を招いての講演会を開催する。ムクウェゲ医師からコンゴ東部における紛争下の性暴力の実態を聞くと同時に、紛争解決に尽力する国連機関の専門家を招いてのパネル・ディスカッションを通じて、紛争下の性暴力が発生する構造的要因について理解し、解決に向けた日本からの取り組みを考える機会を提供する。
 

(5) 開催報告
①開会あいさつ:五神真 東京大学 総長
 はじめに五神総長は、ムクウェゲ医師のノーベル平和賞受賞に祝意を述べた。その上で、世界では多くの分断が進行していることへの危機感を、持続可能な開発(SDGs)の理念に基づく新たなグローバル・エコシステムを構築する必要性、および東京大学が、地球と人類社会の未来に貢献する『知の協創の世界拠点』になるという構想を述べ、ムクウェゲ医師の講演からコンゴで起きている問題の実態を理解する必要性を唱えた。
②主旨説明:藤原帰一 東京大学 未来ビジョン研究センター長
藤原センター長は、現在のSDGsへの取り組みが日本国内を重視する風潮になっていることに対する問題提起を行い、大学が国境を超える責任を踏まえて現在取り組むべき課題を考えたい、という本会の主旨を強調した。
 

 
 
③基調講演「平和・正義の実現と女性の人権」:デニ・ムクウェゲ医師

 コンゴでは1996年から紛争が続き、死者600万人、難民・国内避難民400万人を数え、何十万人という女性が性暴力被害に遭ってきた。ムクウェゲ医師が運営するコンゴ東部のパンジ病院には毎日平均10人の被害者が運び込まれている。被害者への支援は、医療ケア、精神ケア、経済支援、法的支援の4つの柱が重要であるが、問題の根本的解決に向け特に「不処罰の課題」に取り組む必要性を医師は強く訴えた。今日、女性の平等を保障する国際条約は数多く存在する。しかし、現実にはその権利が保証されない事態が各国で蔓延し、性暴力を継続させる

原因となっている。ここで医師は、2010年に国連人権高等弁務官事務所が発表した、コンゴにおける人権侵害と国際人道法違反に関する617件の犯罪を記録した「マッピング報告書」に言及した。犯罪に関わった人物は現在も権力をもち、報告書内の勧告は何一つ実施されていないという。最後に、本年10月30日に設立する性暴力被害者のためのグローバル基金について紹介し、人類の危機である性暴力のない社会の実現に向け、沈黙を破って行動することを強く呼びかけた。

④パネル・ディスカッション
 パネル・ディスカッション冒頭では、隈元氏が国際連合の性暴力への取り組みを紹介した。国際連合は安保理決議1325、2467等、本課題に関する重要な決議を行う他、様々な機関が紛争予防や女性のエンパワメント向上のための具体的な活動を行っている。
 続いて華井氏は、紛争下の性暴力が起きる構造と現在行われている取り組みを整理し、日本の取り組みに対し1. 実態の把握 2. 取り組み成果の検証 3. 解決に向けた議論の不足を指摘した。

 コメントに続き、紛争予防に対する国連の取り組みと性暴力被害者への補償に期待される紛争解決効果を中心に議論を行った。ムクウェゲ医師は、国連が性暴力に関する適切で重要な決議を行っても、それを現実に実施する段階では、適切な処罰や賠償がなされないという課題があることを主張した。そして、新たに設立するグローバル基金は、専門知識や賠償手段を持たない国をサポートし、被害者への賠償とケアを保証することで、それらが当たり前の権利であることを示す機能を持つことも補足した。参加者との質疑応答では、以下の質問が寄せられた。

 
Q. ムクウェゲ医師は日本の政府、市民に対して何を期待するか。
A. 医師:被害者は皆さんの声を必要としている。不処罰を糾弾する声をあげてほしい。また、マッピング報告書で報告された犯罪に適切な処罰を下したり、報告書が主張しているコンゴのための国際法定が実現されるよう、国連安全保障理事会に要請し、働きかけてほしい。
 
Q. 地下資源以外にも、貧困や民主主義の欠如など根本的な原因があるのではないか。
A. 医師:植民地期にゴムの搾取が行われた時代から、コンゴの資源が他国に搾取される構造は続いている。1945年にはウラン、そして今日ではコルタン。この搾取構造のために、女性を親や夫や子どもの前でレイプするという兵器としての性暴力が使用されている。紛争の根本原因は、個人やコミュニティのアイデンティティを破壊する経済システムである。
 
Q. 政治や経済の世界での女性の地位が低い日本が、格差の解消のためにすべきことは何か。
A. 医師:G7 のジェンダー平等諮問委員会の共同委員⻑を務めた際の勧告と重なるが、まずは、女性がより社会で責任を持てるような、斬新的な法を採択すること。もう一つは勇気を持って、差別的な法律を削除・撤廃していくこと。
 
 医師は最後に改めて、沈黙を破る必要性を強調した。「性暴力を告訴した女性は、沈黙を守れと言われ、二度屈辱を受ける。性暴力のない社会は、家父長制のデメリットも打破できる。男性も女性も平等のために一緒に闘いましょう」。性暴力を社会の中で可視化し声をあげていく重要性が共有された会となった。

(報告者:東京大学教育学研究科修士課程 名倉早都季)