<ご報告>
第108回プラットフォームセミナー
「コンゴの紛争資源問題からとらえるビジネスと人権」シリーズ・セミナー
「紛争影響地域の住民を支える開発援助のあり方」
2018年5月22日(火)18:00~20:30
(東京大学本郷キャンパス国際学術総合研究棟SMBC Academia Hall)
主旨説明:華井和代 東京大学政策ビジョン研究センター 講師
必要性を指摘し、規制導入後の住民の生活を支える援助のあり方について、世銀とNGOの視点から考えるという本セミナーの目的を共有した。
基調講演:ノエル・ツィアニ氏 世界銀行 カントリー・マネージャー
紛争鉱物に対して、国際社会は規制を課してきた。2010年にアメリカで成立したドッド・フランク法1502条は、アメリカの証券取引委員会(SEC)上場企業に対し、自社製品の中に紛争と関わる鉱物が含まれていないかをチェックすることを課した。SECへの報告の必要があるため、企業はサプライチェーンの調査と監査を始めている。しかし規制は有益だが十分でなく、武装勢力への制裁も多くの制約を抱えている。そのため、国際社会の対応は近年、制裁ではなく鉱物サプライチェーンの可視化、紛争フリーな鉱物の認証にシフトしてきている。
続いてツィアニ氏は、世銀とその他の国際機関の、コンゴの紛争資源問題および開発への取り組みについて説明した。
世銀は主要な開発パートナーとして、コンゴ政府への支援を行っている。投資環境整備、インフラ整備、教育、保健、医療、食料の確保など多岐にわたる。コンゴ東部においては、「東部復興プロジェクト」が行われ、2014年から総額7,910万ドルで、生計手段へのアクセスの改善と経済社会インフラ整備によってコミュニティのレジリエンスを高めている。加えて、住民が違法な鉱物採掘に関わらずに済むように農業支援を提供したり、鉱山セクターにおけるガバナンス改善によるコンゴの経済成長の支援、南キヴ州での性的暴力への対処、南北キヴ州での元戦闘員の再統合などのプロジェクトを行っている。
世銀の援助戦略の課題は、全国的な治安の悪化と、政府の貧困削減戦略を実施するための地域のキャパシティ不足である。そのため、コンゴ市民の機会の創出、違法鉱物採掘の停止、武装勢力の抑制は上手くいっていない。国連平和維持活動(PKO)として2万人が派遣されているが、武装勢力は活動を続けている。昨年は、数千人のコンゴ市民と2人の国連調査員が殺害された。このような環境にもかかわらず、世銀は総額38億ドルで29のプロジェクトを実施している。インフラ整備と持続可能な開発(63%)、人間開発(16%)、農業と民間セクター開発(15%)、鉱山セクターも含めたガバナンス(6%)である。
2002年のコンゴ鉱山法は世銀の支援で改定された。改定の目的は、この法律の法的な地位の引き上げ、労働慣行の改善、鉱山開発による政府の歳入増加、鉱物採掘の持つマイナスの影響(社会・治安問題、環境問題)の低減であった。武装勢力が鉱物採掘に関わっている一方で、小規模手掘り鉱(Small Scale Artisanal Mining: ASM)は住民にとって不可欠な生計手段、コミュニティにとって重要な現金収入源になっている。鉱山法では、小規模手掘り鉱は、特別に指定された地域(ZEA)でのみ認められている。しかし実際には、無登録で、採掘が禁止されている場所でも行われているという問題がある。
2010年7月、世銀はコンゴの鉱山セクターにおけるガバナンス改善と、投資環境の改善を通じた社会経済的な利益増加を目的とした、5千万ドルのプロジェクトを承認した。特に東部とカタンガ州に焦点をおく本プロジェクトには、イギリス国際開発省(DFID)が4千万ドルを供与した。世銀、DFIDおよびコンゴ政府はこのプロジェクトを「PROMINES」と名付け、準備調査をアメリカのNGO PACTに依頼した。しかし、プロジェクト実施は滞っている。2009年に採掘権を失ったカナダの鉱山会社First Quantumの処遇を巡って、世銀とコンゴ政府の間で対立が起きているからである。
2009年に世銀はコンゴ政府に対して、2億5,500万ドルの融資を行った。コンゴ東部における鉄道の復興と鉱業セクターの強化、辺境に位置するコミュニティの開発が目的であった。しかし、世銀プロジェクトの評価文書の中では、対象地域の暴力レベルが極めて深刻で、切迫した人道支援が続いていると報告されている。
他の援助機関も様々な取り組みを行ってきた。USAIDはアフリカ大湖地域における人権侵害、武装勢力、鉱物採掘の結びつきを対象とするプログラムを開始した他に、最近は国家農業投資計画を発表した。国連、OECD、アメリカ政府が共同で行った、紛争鉱物に関するデューディリジェンス・ガイダンスの策定もある。
コンゴ政府は2009年に開始した「コンゴ東部安定復興計画(STAREC)」の一環として、鉱業省の当局者を鉱山付近に配置したり、国連等による治安回復支援プロジェクトと連携したりしている。2010年に鉱業省は、ドナー国/機関の代表、プロジェクト・リーダー、コンゴの資源管理担当者が定期的に協議するワーキンググループを創設した。
最後にツィアニ氏は、国際社会がコンゴに効果的な援助を行い、現状を変えるために、包括的な開発戦略が必要であると述べた。
コンゴの復興は8,700万人の勤勉なコンゴ国民の仕事であるが、それを補強するものとして国際社会との緊密な連携が必要である。コンゴ人は長い間、資源に頼って生計を立ててきた。日本はコンゴの開発に対して、技術援助、能力開発や特定プロジェクトへの資金提供、インフラ開発や工業化への参画など、大きな貢献ができる。私たちの前には、日本とコンゴの協力関係を深めていくまたとない機会がある。
今、コンゴは包括的な開発戦略を必要としている。そこでは紛争資源というデリケートな問題や、紛争地域における女性や子どもに対する暴力の問題など、セクターにまたがる様々な問題に取り組む必要がある。私たちが手を携えれば、このビジョンを実現する力と方法がある。ぜひ一緒になって、この貧困と失業と不平等の波を押し返そう。もちろん、課題は困難だが、私は人間が想像しうるものはすべてそれをつくることができるし、達成することができると心の底から信じている。
コメント:鬼丸昌也氏 NPO法人 テラ・ルネッサンス 理事
さらに、技術支援を受けた元子ども兵が武装勢力に対し「俺は溶接技術をつかって鉄枠やドアをつくるのに忙しい」と言ってリクルートを断った例を挙げ、ツィアニ氏の講演でも言及された、雇用を整える、働く技術、環境を手渡す包括的な支援の重要性を強調した。子どもたちが武装勢力のリクルートに応じないよう、元子ども兵を抱える世帯が自立できる支援が必要であり、今後は家畜飼育による収入向上プロジェクトを実施していく他、日本を含めた先進国の人間に、紛争資源問題との関わりを伝え、ライフスタイルの選択を問う啓発活動にも引き続き力を入れていくという。
最後に、学んだ技術で洋裁店を開いた女性の言葉を引用し、コンゴの人のレリジエンスの高さを強調した後「援助とは一方的なものではなく、学び合うことであり、コンゴの人たちから何を学ぶかも重要なことである」とのメッセージを述べた。
質疑応答
会場から寄せられた主な質問と登壇者の回答は以下の通りであった。
・質問:コンゴ出身のツィアニ氏が世銀で働くようになった経緯を教えていただきたい。
・ツィアニ氏:コンゴで生まれて高校まではコンゴで学んだ。高校卒業後に政府奨学金を得て、ベルギー、フランス、アメリカで学んだ。ニューヨークの商業銀行で10年間働き、世銀へ移った。世銀では様々な国を訪れる機会がある。他の国では訪れる度に開発が進んでいると思うが、コンゴでは帰る度に、前進していないどころか後退していると感じる。現在はコンゴのためのマーシャル・プランを提唱しているが、それは、個人的な経験と生い立ちに関係している。私は地方の小さな村で生まれた。電気も水道も近代的な道路もなかった。どうして他の国には有るのにここにはないのかとずっと疑問に思っていた。
・質問:日本のNGO テラ・ルネッサンスの活動を聞いてどう感じたか。
・ツィアニ氏:私たちの国の人を助けるために素晴らしい活動していることに御礼を申し上げたい。しかし、たくさんのNGOが活動しているのは、住民が必要としている基本的なサービスを政府が提供できていないためである。だからこそ、私は包括的な開発計画としてマーシャル・プランを提唱している。平和、治安維持、司法、政府統治機構の整備、民間セクターが発展するための条件整備、道路、高速道路、鉄道のインフラ整備、市民を守るための軍と警察の強化、違法鉱物採掘が行われないための環境づくりが含まれる。国内で鉱物を半製品や最終製品に加工し、雇用を創出する。すべてを実現できたら普通の国家になれる。
・質問:政府の人々に平和の重要性を理解してもらうためにはどのような方法が有効か。
・ツィアニ氏:アフリカの支援に際して重要なのはその国の人たちがオーナーシップをもつこと、その国の人たちがやりたいと思っているテーマであること。当事者が運転席にいて、主導的に計画を実施することが重要。その国の人たちが何を望んでいるかを聞いていただきたい。
・質問:コンゴ産鉱物のボイコットで住民の生計が悪化しないよう、紛争フリーの鉱物は買い支えたいが、銅やコバルトの採掘権が非常に高い。なぜそのような仕組みになっているのか。
・ツィアニ氏:鉱山法が改定された2002年はコンゴ紛争が終結したときだった。コンゴでのビジネスにはリスクがあると思われている中で、外国からの投資を誘致するために、コンゴにとっては有利でない条項が含まれていた。これに対して、コンゴ国内のみならず、国際社会、鉱山企業の一部からも批判が相次ぎ、つい最近(2018年1月)に改定された。鉱山開発から得られる収入の85%は、国庫には入らない。コンゴ人が問題に向き合って是正していかなくてはいけない。政府の汚職や企業に対する敵対的な態度によって、撤退してしまう企業もある。官僚主義も変えていく必要がある。
・華井講師:コンゴの鉱業という際、大きく2種類ある。銅やコバルトは主に大企業が採掘しているため、高額な権利費も払える。コンゴ東部の3TGは小規模手掘り鉱。状況が異なるため、銅やコバルトと3TGをあまり一緒に議論しない方がよい。
・回答:フェアフォン(*注)のような紛争鉱物が使われていない製品が今後もっと普及していく可能性はあるか。
・鬼丸氏:今のままなら広がらない。不便で高い。安く買い替えられたほうが生活に合うし、何がフェアなのかわからない。普及には課題がある。ひとつは、紛争鉱物の問題を市民社会に問うていくこと。もうひとつは、既存のキャリアがフェアフォンを採用すること。利益が出ないので現在は絶望的だが、フェアフォンに何をプラスオンするかが大切。我々は「日常を社会化する」と言っているが、それがいかにかっこよいかを示すこと。10~20代の考えを聞いて、30~50代が応援する枠組みを作っていけるといい。2020年のオリンピックでは、金銀銅メダルをリサイクル金属で作ると公言しているので、このような機運を使うのは一つの手。
(*注)フェアフォン(Fairphone)とは、2013年にオランダのフェアフォン社が開発した、紛争フリーの資源のみを使い、組み立て式で修理可能なスマートフォンの名称。
・質問:貿易統計を見ると、紛争鉱物取引規制前のタングステンの輸出先はアメリカやOECD諸国であったのに、規制後はベトナム、ロシア、中国に変化している。コンゴのタングステン鉱山が現在は紛争フリーであるならば、これは矛盾した状況ではないか。
・華井講師:紛争フリーなのになぜOECD諸国に輸出できないのか、という疑問は本規制の問題点をついている。サプライチェーンの上流の立場では紛争フリーなのだから買ってほしいと考えるが、下流の企業はそうは考えない。アメリカの上場企業がコンゴから鉱物を購入している場合は、本当に紛争フリーかどうかを確かめなくてはいけないので調査コストがかかる。そのため、タングステンであれば中国から買えばいい、と輸入先が転換し、コンゴのタングステン鉱山の8割が紛争フリーになってもOECD諸国は輸入を避けている。
・質問:鉱物を半製品に製造する能力は今のコンゴにどれくらいあるのか。
・ツィアニ氏:現在はかなり低いと言わざるをえない。しかし、政府が明確なビジョンを持てば克服できる。産業化は一連のプロセスであり、能力を高めてから工業化を開始しようというものではない。まずは、外国企業が他国で行っている活動をコンゴ内でできる条件を整備する。一方で、学校教育制度を発展させ、同時に平和や安全を確保し、民間セクターを育てていける司法制度や、外国企業を誘致する制度も整える。外国企業がコンゴの人々とともに働くことで、外国の専門知識を学びながら、コンゴ人自身の能力を高めていくことが可能である。
例えば、スマートフォンの部品製造企業がコルタン産出地域に工場を建て、そこで原料から半製品を作れば、コストを抑えられる。その半製品をアメリカの工場が輸入して部品を作れば、コンゴの人は雇用を得ることができるし、コストも抑えられるので商品を買う人も得をする。
まとめ
閉会に際してツィアニ氏は、戦争の破壊から見事に立ち上がった日本はコンゴにとって、手本にすべきモデルであると語った。今後は紛争鉱物の話だけでなく、コンゴの発展、生活水準の引き上げについて語れるようになりたい。そのためには、平和と安定、国際連帯が必要。ぜひ私たちを支援していただきたい。コンゴの人だけではなく、日本のみなさんのためにも相互協力を深めていきたい。
鬼丸氏は、その国のことはその国の人が解決するのが本来の筋ならば外部の支援者が必要ではくなることを目指すのが基本であること、また、人道危機のような緊急支援期において、自立支援を見据えた援助をどう織りなしていくのかが、援助業界がこれから考えねばならない課題であることを指摘した。そして、(コンゴの初代首相)パトリス・ルムンバの「コンゴの未来は美しい」という言葉を引用し、ツィアニ氏が述べたように、人間の想像したことは実現できるならば、コンゴの未来は美しいはず。それを作っていくのは、コンゴのみなさんと、コンゴを愛する我々の国際連帯であると述べた。
(報告書作成:東京大学教育学研究科修士2年 名倉早都季)