<ご報告>
第3回GSDM国際シンポジウム
「医療・健康分野におけるグローバルなガバナンスとイノベーション」
2月23日(火) 13:30~17:30
(東京大学 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール)
共通セッション:グローバルヘルス・ガバナンスと医療分野のイノベーション
-城山 英明 (東京大学公共政策大学院院長、GSDMプログラム コーディネーター) -渋谷 健司 (東京大学医学系研究科 教授) -ヴィシュ・クリシュナン (Professor,Rady School of Management, UC San Diego) |
ご報告
共通セッションでは3名の教授が、「グローバルな公衆衛生と医療分野のイノベーション」について熱く示唆に満ちたスピーチを行った。
最初のスピーカーはGSDMプログラム・コーディネーターおよび公共政策大学院長の城山英明教授で、GSDMプログラムの簡単な紹介に続き、グローバルヘルス・ガバナンスをめぐる現在の問題点と可能な対策について語り、それを実現するためには分野横断的なアプローチが求められることを指摘した。それらの対策策とはすなわち、(1)国際保健規則(IHR)を中心とする国際的な監督システムの強化、(2)緊急事態、とりわけ国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)に対応した独立のリスク評価枠組みの開発、および(3)緊急事対応と非緊急時の医療システム向上のための、持続可能な資金調達メカニズムの確立である。同氏はまた、国際団体の組織改善の必要性、民間団体、NGO、国際団体間のマルチレベルの協力の必要性、およびそのような移行を可能にするための現行システムの改革の必要性について論じた。そして最後に、これらの状況に取り組むための実践的な方法とステップを示し、スピーチの結びとした。
2番目のスピーチは医学系研究科国際保健政策学の渋谷健司教授により行われ、最初に、日本が世界の公衆衛生のために歩んできた貢献の道のりが紹介された。2000年に行われた九州沖縄サミットでのグローバルファンドの設立から、世界各地でのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のプロモーションに至るまで、平和でより健康な世界の実現に向けて、日本は中心的な役割を果たしてきた。こうして発展途上国の保健分野への資金援助は大幅に増加したが、残念ながらエボラ出血熱の発生はグローバルヘルス・ガバナンスの根本的な脆弱性をさらすことになった。渋谷教授は発表の最後に、とりわけ顧みられない熱帯病(NTD)や抗菌薬耐性 (AMR)の危険に直面している病気について、地球規模で保健の安全性を守り、エボラ出血熱の悲劇を二度と繰り返さないために、集合的に研究開発を進めることの重要性を強調した。
最後にスピーチを行ったのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校ラディ・スクール・オブ・マネジメントのヴィシュ・クリシュナン教授である。巨額の投資や利益確保の不確実性など、バイオメディカル産業においてはイノベーションを目指す動機づけが常に不足しているが、クリシュナン教授は、その原因が研究室から市場に至る間のトランスレーション・ギャップにあることを指摘した。我々はこのような状況を改善できるのだろうか?クリシュナン教授は、改善に向けた主な課題として(1)最終目的の明確化、(2)アジャイルな開発アプローチ、(3)安全性と効果を予測できるバイオマーカーへのてこ入れ、および(4)人材の訓練と未来管理、という4つの原則に言及した。バイオメディカル産業の発展を促すためには、研究分野と市場分野だけでなく、政府にも重要な役割が求められる。法の整備、政策や特別な制度の策定などを通じて、政府は研究室から市場までの距離を縮めることができる。そのために米国立衛生研究所 (NIH)が推進するトランスレーショナル・サイエンスでは、常に複数の異なる分野と協力し、企業家経済を目指してすべてのステークスホルダーを統合し、イノベーションの始動を目指す働きかけをしている。
セッション1:グローバルヘルス・ガバナンス
モデレーター -城山 英明 パネリスト -シャムズ・サイード (世界保健機関 調整官) 発表資料 -尾池 厚之 (外務省国際協力局 地球規模課題審議官大使) 発表資料 -山田 忠孝 (フレイジャー・ライフサイエンス社ベンチャーパートナー) -B.T. スリングスビー (公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金 CEO兼専務理事) 発表資料 -吉岡 てつを(内閣官房内閣審議官、新型インフルエンザ等対策室長、 エボラ出血熱対策室長、国際感染症対策調整室長) 発表資料 配布資料1配布資料2 学生(GSDM プログラム履修生) -安達 奈穂子(東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻) -成田 祥(東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻) -前川 翔(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻) -松浦 綾子(東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻) -大江 星菜(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻) |
セッション1では今後世界規模で流行し得る感染症の脅威に備えた危機管理体制の構築方法や望ましいグローバルヘルスガバナンスのありかたをテーマとしました。国際機関、日本政府、財団、関係企業からグローバルヘルスを専門とする5名のゲストを迎え、学生との討論を通じ広範な観点から理解を深めました。
各パネリストからのご報告
昨年のエボラ出血熱発生を踏まえ、WHOのシャムズ・サイード氏はグローバルヘルスで重要な点として各国家が地域に主眼を置いたヘルスシステムを計画すること、医療サービスの品質向上や綺麗な水・外科手術へのアクセス、そして政策が机上の空論とならないよう具体的なアクションをとることの大切さを伝えました。またエボラ出血熱の感染拡大に際し、各関係機関の連携不足が浮き彫りとなりましたが、この件について外務省の尾池厚之大使からは、個々の(WHO関連)機関を監視するような審議会を設置する構想や、各機関の役割をコーディネートする専門機関の設立が現在検討されているとご報告頂きました。また、山田忠孝氏には最近NAS(National Academy of Science)委員会から報告された重要な提言をご紹介して頂きました。まず感染症対策は国家安全保障に該当する事項であるとの認識により、研究開発費として毎年10億ドルを追加投資すべきであるということ、各関係機関の機能的重複や偏向した投資を防ぐためにポートフォリオを審議する委員会を設置すること、そして緊急事態が発生した時こそ科学的根拠に基づいた評価が求められるという内容でした。次にB.T.スリングスビー氏からは、日本のイノベーションを触媒とし創薬開発を目指した官民連携モデル(GHIT Fund)の資金メカニズムや参加企業・財団について簡単にご説明いただきました。最後に、吉岡てつを内閣審議官からは、緊急時の政府の方針としては資金提供メカニズムへの貢献、そして平時には官民を連携したプラットフォームの整備が考案されていることや、国際機関および感染国で活躍する人材育成のプロジェクトも実施されている等、ご紹介いただきました。
学生との討議(ご報告)
近年発生した感染症のアウトブレイクに関し学生間で考察されたことは、各パネリストが強調されていたことと同様に平時のヘルスシステムを強化し、緊急危機時に備えるべきという事でした。また長期的なヘルスシステムの改善には、明確な指標によりガバナンスを適切に評価しこれに準じて投資をしてゆく必要性なども指摘されました。また、感染症拡大を未然に防ぐためには不明熱患者の適切かつ迅速な診断が必要となりますが、GHIT Fundの投資計画ではワクチン開発や抗ウイルス薬開発枠と比べ診断技術の開発枠は小規模であることがわかり、このことから診断技術の開発が重要視されていないのではという疑問も上がりました。
各パネリストからは、学生から挙げられた複数の質問に対しご回答を頂きました。まず今後持続可能で実効性の高いヘルスシステムを構築してゆくためにはどうしたらよいかという質問については、成功国を模範にしたシステムを提案すること、また途上国においては開発支援に頼らず政府が自国のヘルスシステムに投資することなどが挙げられました。またグローバルヘルスと経済成長のどちらを優先させるべきかという質問も挙がりましたが、多くのパネリストからはグローバルヘルスと経済成長は二律背反の関係にはないといった意見が聞かれました。ワクチン開発の進歩が経済成長の発展に貢献したように、グローバルヘルスへの投資は経済成長を寧ろ促進するものだという意見もありました。また各国政府が感染症対策を深刻に捉え研究開発に投資しなければならないということ、日本で診断技術開発枠が小さい理由には提案数が少ないということや、開発のためのプラットフォームが未形成であるといった課題も挙げられ、学生とパネリストの討議は非常に実りあるものとなりました。
セッション2:ライフサイエンス関係分野のイノベーション
研究開発と現場での応用との溝を解消するためには、セッション1で議論されたグローバルな視点を踏まえた現場感覚とともに、医療現場のニーズを踏まえて研究開発を行う、あるいは研究開発を多様な医療現場に応用していくようなさまざまな意味での「橋渡し」が重要である。本セッションでは、グローバルな視点を持ちかつ現場に向き合う実務家、研究者等の専門家を招き、研究機関等における研究開発が、ニーズに応えるイノベーションに繋がる方策等について検討する。
モデレーター |
ご報告
セッション2では、ヴィシュ・クリシュナン氏 (Professor,Rady School of Management, UC San Diego)、光石衛氏(東京大学工学系研究科長)、森敬太氏(サンバイオ株式会社代表取締役社長)、斉藤正彦氏(損害保険ジャパン日本興亜株式会社企業商品業務部長)、大坪寛子氏(内閣官房健康・医療戦略室参事官)の5名の専門家を招き、研究開発と医療現場での応用のギャップの解消に向けた方策についてGSDMの学生を交えて検討した。
先ず始めに、ヴィシュ氏は、研究開発から医療現場の応用までの全体のプロセスを俯瞰し、バイオメディカルサイエンス分野の研究開発の長期継続的かつ不確実性という特殊性を指摘しながらも、新たな感染症のアウトブレイクといったグローバルな課題に備え、情報科学の利活用やネットワーク構築によるプロセス全体の効率化・迅速化の必要性を指摘した。次に、光石氏、森氏より、研究開発に携わる研究者・実務家の視点として、現状と課題が提示された。光石氏は、手術支援ロボットを例にアカデミアにおける医療機器開発現場の紹介を行い、薬事審査加速化のための安全性・有効性評価の在り方の検討、薬事審査までを見据えた研究開発を行える人材の育成を課題として挙げた。森氏は、幹細胞の脳移植という再生医療のビジネスモデルを例に、新たな医療技術の事業化を実現するためには、研究開発のみならず、資金調達や生産管理、パートナーシップといったビジネスの視点にも焦点をあてることの重要性を指摘した。つづいて、斉藤氏は、再生医療を対象にした保険商品の事例を通して、革新的な医療技術の研究開発・事業化をファンディングの側から下支えする民間保険の役割と産官の連携の必要性を指摘した。最後に、大坪氏は、政府戦略として、日本医療研究開発機構(AMED)における創薬支援ネットワークの構築により、創薬から実用化を目標とした企業導出へと繋げる、 オールジャパンでの医薬品創出を目指す仕組みを紹介した。
以上4名のシンポジストの発表を踏まえ、GSDMの学生チーム(代表:メヘトネン氏)は、研究開発から臨床応用までのプロセスマッピングにより導きだした課題として、適切な研究ターゲットの選定、承認プロセスの効率化、アカデミアでの研究開発と産業界との橋渡し、産官学の横断的かつ流動的な人材の育成、の4点を提示した。これらの課題に基づくパネリストとの意見交換をふまえ、モデレータの鈴木寛氏は、研究開発と現場での応用のギャップを少なくする医療イノベーションのエコシステムの構築には、社会や患者ニーズに加え経済の視点、政府戦略をも加味した研究ターゲットの選定の重要性を指摘した。また、プロセス全体の効率化へ向けたデータサイエンスの活用、人材の流動性のみならず研究開発ステージのグローバル展開、それらを支えるネットワーキングを含めたプラットフォームの整備を今後の課題として提起した。