坂田一郎
photo:Ryoma.K

———坂田先生がネットワーク分析を使ってイノベーションや先端技術について解析するという、今のような研究スタイルを形成された経緯を教えてください。

坂田:私はもともと社会現象、もしくは経済現象、これをできるだけ客観的に分析をして、それで例えば政策の設計だとか、それから企業の経営だとか、そういったことの意思決定を、効果的に支援をしたいというのが研究に対する基本的な思いとしてあります。

一方で反省点としては、私は20年間霞が関の官僚を経験したのですが、これだけ世の中にたくさんの情報があるのにもかかわらず、そういった情報を政策設計だとか最終的な意思決定だとか、そういったことに十分使えていないと。その結果、意思決定の質が下がったり、本来あるべき政策がうたれていなかったり。よくあることとしては、政策の基本的な方向は正しいのだけれども、政策の最後の設計に間違いがあるとかですね。それから、何かのポイントに重点的にリソースを投入するまでは正しいんだけども、そこから後、個別のターゲットの設定が間違えていたとか、そういった失敗の場面をいくつも見てきました。私としてはそういったことに対して、自分なりに新しい技法だとか方法論を提供することで貢献はしていきたいというふうに考えています。

私自身は修士課程まで経済学、博士課程から工学に移ったのですが、現在私が考えているような問題意識に対応した研究を進める上では、非常によかったのではないかと思っております。なぜかといいますと、この研究テーマをこなすためには経済学、経営学、それから工学。特に私が中心に置いている情報工学の知見、技法、手法を合わせて導入することは欠かせないと思います。当初は経済学的な手法に私自身は偏りがちだったのですが、私の周りには情報工学、それから最近流行りのデータサイエンスの若手がたくさんいますので、そういったメンバーと5~6年やっているうちに自然になじんできて、今は特に意識することなく協働ができるようになりました。

研究において、やはり重要なのは、いつも言っているのですが、研究対象に対する愛情だと思うのですね。もしくは深い興味、関心。で、研究対象はおおむね社会現象もしくは経済現象ですので、そういう興味関心を深めて、それを咀嚼(そしゃく)する意味では、経済学や経営学というのは欠かせないと。一方でそういった現象を客観的に分析するという面では、情報工学、Web工学、これが最も効果的だと。したがって、どちらがいいとか、どちらが優先するとかいうことではなくて、両者を自然に使いこなすような、そういったことが研究を進める上で効率的だというふうに、今は考えています。

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———これからGSDMに入ろうと考えている学生に向けて、何かお話をいただけますか?

坂田:私は東京大学の学生と関わりはじめてまだ7年ですけども、これだけ優秀な人材を入口で集めている大学というのは、世界中を見渡してもそうはないと思います。私はそういった学生に、ぜひ社会でリーダーになってもらいたいと考えています。リーダーというのは何も社長や大臣になってくれと言っているわけではありません。例えば小さいNPOグループのリーダーとか、そういった役割でもいいと思います。

社会のリーダーになるためには、私は非常な重要なポイントがあるというふうにいつも考えていまして、それはですね、苦手をつくらないこと。苦手意識があると、チームのメンバーにも分かってしまうと。本来は、みんなが嫌がるようなことも自分が先頭に立ってやるというのが、理想的なリーダー像だと思うのです。もちろん自分が詳しくない分野はたくさんあるわけで、その場合はその分野のアドバイザーや専門家に頼むのですが、ただし専門家やアドバイザーを、自分が主導して使って課題に対処する姿勢をメンバーに見せないと、リーダーとしてチーム内の求心力は得られないと思います。社会においては、例えば、「私は情報工学をやりました」と言ったとしても、大きなプロジェクトを回す上では、法律的な問題もよく起こります。それから労務的な問題もよく起こるし、それからマーケティングも必要だということになるわけで、自分は専門がこれだから、その分野以外はみんなほかの人に任せるんだということでは、リーダーは決して務まらないというふうに思います。

GSDMのそういう意味での一つの課題は、深い専門を持っている優秀な人材に対して、リーダーとしての素養、特に自分の苦手をつくらないで、目的達成のために、あらゆることに自分が主導してチャレンジをするような、そういった姿勢は学んでもらいたいというふうに思っています。GSDMには6つの領域がありますが、その領域以外にも演習や講演、それから合宿もありますし、成長の機会がふんだんにあると思います。

次に基本となるのは深い専門性ですね。深い専門性を持っていて、その領域においては確固たる自信があるというのが将来の基盤になると思います。なので、それぞれの専門を追及してもらいたいです。専門の専攻も今や学際的になっているので、GSDMでは学内リソースの結集を重視していきたいと思っています。深い専門性をT字型の縦軸つまり長い脚と考え、また先ほどのような観点から横軸を付けて、深い脚の上に立つ横の棒という縦長のT字を作っていきたいんですよね。両者は相反するように見えて、私は必ずしもそうではないと思っています。深い専門性を持っていて何かに突き抜けた人材は、実は目線が非常に高くなって、それ以外に必要な素養についても理解し、習得する能力も高まるんじゃないかと。社会で活躍している方の多くは、そういうプロセスを経て深く長いT字型の人材になられたのではないかと思います。したがって私は、GSDMでは長い脚を作ることと、横に伸ばしてあげることをセットにして、それを5年間で目指したいと考えています。

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———現在GSDMに在籍する学生へのメッセージをお願いします。

坂田:2つのことをお話しします。一つは研究もしくは研究の前提となる大学院での学びについて、答えは用意されているものではないということを、そういう意識で取り組んでもらいたいというふうに思います。入学試験や大学院もあるので、答えが用意されている環境に慣れてしまっているのですが、大学院の修士課程以降の学びにおいては答えがあるわけじゃないのです。教員に対しても、どんな意見があるのかとか、あなた自身の考えはどうかというのを聞くのはぜひ聞いてもらいたいのですが、答えを聞いてはいけないというふうに考えています。答えはない。だから、自分が答えを作るのだという気持ちで取り組んでもらいたいです。また、教授の方は、その答えはこうに違いないというようなことを言う場合もままあると思うのですが、それを鵜呑みにしないで、自分の直感に合うかどうかを確かめてほしいと。いくら教授が言ったからといって、自分の直感に合わないものは、間違えているかもしれないし、それから間違えているわけじゃないんだけども、自分が言っているような意味合いでの答えではないことも多いと思うのですね。ぜひそういう姿勢で、批判的に、それから主体的に、研究や学びに取り組んでもらいたいというのが1つ目です。

2番目はまあありきたりなのですが、研究やそれから仲間との交わりを楽しんでほしいと。私は7年間大学で研究をしていますけれども、やっぱり研究は楽しいですね。自分が楽しくない研究でいい成果を挙げられるというようなことはあまりないんじゃないかというのが、僕の個人的な感覚なのですね。だから思いっきり楽しんでもらいたい。それから、その上で何かを発見したとか、何かを開拓できたとか、それからそれが社会の目に留まったとか、そういった喜びとか感動というのを、ぜひ味わってもらいたいと。

社会に出ると、大学の博士課程の博士論文よりも難しい課題っていうのはいっぱいあるんですね。だから社会に出たときに、そういった課題に立ち向かうときに、今のような経験が勇気を与えてくれるし、それからストレスはもちろんあるのですが、その中でスムーズにそういった課題をこなす力になってくれるんじゃないかと思います。

よく基礎研究が先なのか、あるいは応用研究もしくは社会に触れることが先なのかという質問がありますが、それは必ずしも答えがあるとは思いません。どういう研究のアプローチをとるか、どうやって自分を伸ばすかというときにも、まず社会に触れることを重視して問題意識を蓄えた上で自分独自の研究を展開する場合もあるでしょうし、あるいは基礎的な技法をまず勉強してから社会に触れる、そういうスタイルの学生も居ていいと思います。ただ私の経験からしますと、どちらが先か後かは学生の選択でいいと思うのですが、最終的には両者が組み合わさらないとGSDMの目指す人材の育成もできないし、その学生の専門領域においても本当に意味のある研究はできないと思います。

<インタビュー 岸本充生、記事構成 柴田祐子>