最先端技術が「人にやさしい医療」をつくる

東京大学工学系研究科教授 佐久間一郎

医用精密工学の発達によって外科手術の姿は大きく変わり、より患者への負担の少ない治療が実現している。世界最高水準の日本の工学技術を社会に活かしていくため、工学と医療との架け橋となる人材が求められている。

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健康・医療

科学技術を医療の現場で役立てるための、医用精密工学

佐久間一郎教授
photo:Ryoma.K

——「医用精密工学」とはどのような学問なのでしょうか。

佐久間: 「まず、精密工学というのは「機能をつくる」ことを志向する学問なんです。古くは生産技術であるとか、生産システムであるとか、そういうものをつくってきたのが精密工学です。あるいは非常に信頼性の高いもの、精度の高いものをつくるといったことをしてきました。その精密工学を医用に応用するのが医用精密工学です。
工学の医用応用というのは、もともとは心電図などの電気的なものから始まりました。それを機械的、材料的なものまで総合するシステムにしよう、と研究しています。

——医用精密工学の発達によって、20年前、10年前には不可能だったけれども、いまは実用化されている技術もあるのでしょうか。

佐久間: はい。その意味では外科手術のありようがかなり変わってきています。昔は大きく体を切開して手術をするということが標準だったんですが、いまでは内視鏡を使った手術も一般的になりましたし、あるいは血管の中に管を通してその先で処置をすることも多いですね。
たとえば心臓の手術でも、以前は胸を開けて心臓も開けて、その中で弁を置換していました。いまや、それがカテーテルという管を介してできるわけです。もちろん手術のすべてではないですが、そういうものが出てきています。

内視鏡やカテーテルなどの進化で、患者にやさしい医療を実現

佐久間: 内視鏡やカテーテルを使った手術は、それだけ患者さんに対して侵襲性が低い、つまり体の負担が少ないということになります。そのメリットの一方で、高い手技や精密な道具が求められるんです。
さきほど、医用精密工学とは「システム」をつくるものなのだと申し上げましたが、デバイスだけがあってもダメなんです。その手術や処置をする器具を、たとえば放射線の映像の下で操作する。あるいは放射線映像はどうしても2次元ですから、3次元的な構築はわからない。ですから、手術前に撮った別のMRIやCTといった3次元映像を使いながら手術を進めていくんです。たとえていうならば、さまざまな映像を組み合わせてカーナビのように手術をナビゲートするようなことも、現在ではできるようになってきているんですよ。
そんなふうにより負担の少ない治療へ、つまりもっと患者様にやさしい医療へ、という方向に進んでいるんです。これから高齢化が進んでいけばますますそういう治療が必要とされますから、そのために技術が進んできたといえるでしょう。

——技術、機械、システムの進化によって、患者さんの負担の少ない手術が実現しているんですね。

佐久間: ええ、工学技術を使ったものでは、人工臓器もかなり進んできています。たとえば心臓移植をする場合に、心臓が弱って体力が落ちた状態のままで手術をするよりは、まずは補助人工心臓を入れてしばらく使い、体力を回復させてから移植を受けるといったことも行われています。こういう使い方を「ブリッジユース」といいますが、いまではかなり長期にわたって人工臓器で補助できる状態になってきているんですよ。

工学技術と医療従事者のレベルの高さが、日本のアドバンテージ

——佐久間先生がこの医用工学をずっと研究されてきたモチベーション、そして今後かなえたい夢はどういったものなのでしょう。

佐久間: 医用工学というのは、人間の生活にとって根源的なところで貢献できる技術なんです。それがこの道に入ったきっかけでしょうか。
それから、これは先輩の先生方から教えていただいたことですが、サイエンスと工学とはいったいなんなのか。1つの技術ができて、ある病気を治すことが1例できても、それで満足してはいけないんだと。「発見して1回できたということだけではなく、それを普遍的、標準的なものにするということ。それこそが工学技術なんだ」と教えられました。
ですからやはりそういう技術をつくりたいな、といまも考えています。日本から診断用機器というものは世界に出していけていますが、手術ロボットであるとか、治療用のデバイス、特に複雑なシステムになっているような機器についても今後出していきたい。
そういうものについて日本の基礎研究というのは実は非常にハイレベルですので、それをしっかりシステムにまとめ、産学連携もやって、世に出すことができれば、と思っています。

——この領域において、日本は世界に対してどういうアドバンテージを持っているのでしょうか。

佐久間: 日本のアドバンテージには2つあると思います。まず1つは、工学技術研究のレベルが非常に高い。ものすごくよい生産技術を持っています。これはやはり日本人の特性なのでしょうが、非常に信頼性の高いものをつくるんですね。高い信頼性や精度が求められる医療デバイスに関しては大きな強みたりうるだろうと考えています。
それから2つ目としては、日本の医療水準の高さが挙げられるでしょう。みなさんはある意味で、医療に対していろんな不満を持っているかもしれません。たとえば病院の待ち時間が長過ぎるとか、診察時間が短いとか。けれど世界的に見れば、日本というのは最小のコストで最大の効果を出す医療システムを持っているんです。それは医療従事者の先生方の技術がやはり高いからで、これも大きな強みでしょう。
いま挙げた2点、機械の技術と医師の技術、この2つの技術の高さを合わせることですばらしい医療システムができるのではないか、と考えています。

佐久間一郎教授
photo:Ryoma.K

医療と技術のリエゾンとなり、社会に対してコミュニケーションできる人材を

——優れた医療体系を持つ日本から、健康政策、医療、工学的技術などに精通した上で政策立案のできるグローバル人材を育てていく。このリーディングプログラムはこうした要請に応えていくもの、といえるのですね。

佐久間: そうです。しかし、いま日本の長所をいいましたが、その部分が逆に弱点になってしまっているという面もあります。
たとえば日本人というのはリスクに対してとても敏感です。けれども革新的なことを始めるには、リスクを適切に評価してそれを最小限にとどめつつ効果を得る、といったことを考えなければいけません。ですから、社会に対するリスクコミュニケーションもしっかりしていかなきゃいけない。
それを可能にするには、技術もわかる、医療のことについても認識を持っている、そして倫理的にも高い資質を持っている、ということが求められます。そういう人材が次世代の医療をつくる上で重要になってくると思います。

——日本は医療の面で、国際社会にも貢献できるのでしょうか。

佐久間: もちろんそうです。たとえば東大前総長の小宮山先生がよくおっしゃっていましたが、少子高齢化というのは問題だけれども課題でもある、と。これは日本だけでなく、どの先進国でも急速に起きていることですし、アジアにおいても起きつつあることです。
そうすると、これについて日本がいち早くソリューションを提案することができれば、次にそういう問題に直面する国々に対しても示唆になるでしょうし、ビジネスにもつながるかもしれませんよね。そういったことのできる深い専門性を持ちつつ、その周辺で必要となる知識、必要となるチームをまとめていける人が育ってほしい。高付加価値のサービスや商品が求められている日本ですから、そういう人材は産業的にも求められるでしょうね。

佐久間一郎教授
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技術への興味とともに、高い倫理観や志を持った人に来てほしい

——リーディングプログラムのシンポジウムでも何度か出てきた「レギユラトリーサイエンス」について教えていただけませんか。

佐久間: 最新の科学の成果を社会に出していくときには、社会とのコミュニケーションの中でリスクマネジメントをし、それをふまえて技術を実社会に埋め込んでいくというプロセスが必要です。そのための科学がレギュラトリーサイエンスです。
医療機器に関していえば、まず1つは安全性が求められている。もう1つは、役に立たないものではいけないのですから、有効性を示さなければいけない。ただし、まったく未知の技術や機器を導入するにあたって、社会に対して説得力をもって示すには「わたしはこの技術を信じています」といったってダメですよね。ある種の科学的な手法、それから最新の科学的知見に基づいた予測を社会に向かって出す必要があるわけです。

——レギュラトリーサイエンスとは、技術を社会に適用させていくときに必要な方法論なのですね。

佐久間: 新技術を導入するとき、特に治療デバイスなどのハイリスクな医療機器を使おうとするときには、不幸な結果を招く可能性も秘めています。たとえば有望性があると思われる事実が出てきて、まだ証明されているわけではないが、これを使うといままで治らなかったものも治るかもしれない。そういったときにどんな判断をするのか、非常に難しい問題ですね。
もちろんリスクを最小限にするために努めるのですが、事前にリスクを客観的に評価して提示するということこそが、インフォームドコンセントの基本的なファクターになるでしょう。そのリスク評価には、物理的な原理に基づく外挿、統計学、動物実験、限定的な臨床研究など、さまざまな科学的手法をうまく適切に組み合わせて提示することが求められます。レギュラトリーサイエンスとはそういう方法論なのだとわたしは思っていますが、比較的新しい概念ですので、そのまま日本語に訳すと「規制科学」と呼ばれていますが、まだいろんな定義がありますね。

——このグローバルリーダー育成プログラムでは、医療が1つの大きな柱として据えられています。どういった人に来てほしいとお考えでしょうか。

佐久間: わたし自身が工学系ですし、技術について興味を持っている方、できないことを可能にしたいといった夢を持つ方がいてくれるといいなと思います。ただ、夢だけではダメなんですね。それを社会にどう生かすかというようなことにも興味を持ってほしい。
たとえば技術を社会に適用するといっても、たんなるコンサルティングではダメなんだろうと思うんです。深い専門性に基づいて議論をして、関わる幅広い方々に対して説得や協力のできる人になってもらいたい。ですから、ある意味では広い意味での倫理性の高さが求められると思います。つまり志といいましょうか、そういうものを持っている方に来てもらえるといいですね。

(構成・インタビュー:松田ひろみ)