「未知」に挑むマインドセットを
東京大学大学院工学系研究科教授 堀井秀之
大学はいま、パラダイムシフトを迎えている
———堀井先生は、東京大学と海外の学生の共同ワークショップである「i.school」や「TED×UT(東京大学)」など、大学としての新たな試みをいくつも成功させていらっしゃいます。そういったご経験から、いま、大学の社会に対する役割がどのように変わりつつあるとお考えでしょうか。
堀井: 社会における大学の役割について考える前に、まず大学自身が、いま大きなパラダイムシフトに差し掛かっていると認識することが重要です。
大学という教育機関の歴史を振り返ってみますと、ずっと昔からいまのような場所だったわけではありません。現在の大学のモデルは、いわゆるベルリン・モデルやフンボルト理念といわれるところから始まったと考えられています。
1810年、ドイツにベルリン大学が創設されて、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトという人が新しい大学のモデルとして「教育だけじゃない。研究の場でもあるんだ」ということを実践し始めた。それによって、学生たちが目を輝かせて研究するようになったそうです。そして、そこで学んだ留学生がアメリカに戻って、研究大学院という現在の大学のスタイルをつくったといわれています。
———私たちが当たり前だと思っているいまの大学のかたちも、200年ほど前にできたもので、そしてそれは古くなりつつある、ということでしょうか。
堀井: そうですね。研究さえすれば学生の目が輝くというモデルが、ある意味では限界に達してきているんです。そこでいま、新しい大学教育のあり方が求められている。
19世紀のベルリン・モデルというパラダイムシフトでは、教育と研究とを結びつけたことが新しかったわけです。しかしこれからの大学の変革においては、実践、価値の創造、問題解決といった、社会を変えていくという活動がメインになるのではないでしょうか。
社会を変える活動に学生が目を輝かせ、そのために必要な研究教育をする。そういう姿がこれからの大学のコンポーネントの3分の1程度を占めるようになっていく。そういった変化を社会から求められているように思います。
社会問題を解決するための技術を集積していく
———堀井先生のご専門は社会技術論ですね。まだあまり聞き慣れない人もいるかと思うのですが、社会技術論とはどのような学問なのでしょうか。
堀井: 社会技術というのは、「社会問題を解決するための技術」ということなんですよ。社会的なさまざまな問題について解決策をどんなふうに設計したらいいのか?ということを考えていくのが、社会技術論という学問なんです。
いまお話ししたように、大学で学んでいる学生にも、社会問題を解決するためになにか活動する、そういったことが今後は増えてくると思われます。じゃあ、そのときになにが必要となってくるか。もちろん、個別の問題についての知識というのも必要ですが、問題解決策を設計するための「方法論」が必要なんじゃないか、と考えられますよね。そこで社会技術論というかたちでまとめたのがこの学問なんです。
———なるほど、社会問題を解決するための学問というと、まさにこれからのグローバル人材に求められる要素ですね。
堀井: そうです。ですからこのグローバルリーダー養成プログラムでは、実際に社会の中で課題に直面している実務者から話を聞く機会も授業の中でいくつも用意していますし、教員にも実務経験者が多数揃っています。
海外の学生とのワークショップ、i.schoolから見えてきたもの
———堀井先生は毎年のi.schoolで海外から選抜されたユニークな学生とも多くふれあっていらっしゃると思いますが、海外と日本の学生を比べてみて、どんな印象をお持ちですか。
堀井: はい、i.schoolというワークショップを2009年から始めて、もう5年以上続いています。2013年8月にはサマースクールを開催しました。海外から30名の学生を招こうと募集したところ850名もの応募があり、バークレーから21名、スタンフォードから7名、オックスフォードからは9名と、優秀な学生が数多く来てくれたんです。
そこで東大生と一緒に2週間のプログラムでワークショップを行いましたが、非常にうちとけて仲良くやっていましたね。その共同作業を見ていても、けっして東大の学生が劣るなんていうことはない。新しい発想を生み出すという意味では、むしろ非常に優れた力を持っていると感じています。
———英語での共同作業でも、のびのびと、また円滑にコミュニケーションを進めていくことができるわけですね。
堀井: そう思います。2013年9月と2014年1月には、インドのハイデラバードに行ってIIT(インド工科大学)の学生と一緒にワークショップを実施しました。そのときも内心では、インドの学生たちとはたしてワークショップなんてできるのかな、と思っていたんです。彼らの英語はとてつもなく速いですしね(笑)。
しかし、やってみると本当に和気あいあいと非常にうまくやっていく。少なくともi.schoolに集まってくる東大生に関しては、新しいものを想像する力、グループワークをうまくやりこなしてよいアイデアを導いていく力については、とても優れていると思います。ですから今後の課題として、より多くの学生にそういう機会にチャレンジしてほしいと考えているところです。
イノベーションは、ジョブスのような一部の天才だけのものではない
———グローバル人材を育成するには、国際性だけではなく、クリエイティビティやイノベーションを生み出す力も重要だ、という声がよく聞かれます。学生がクリエイティビティを伸ばしていくには、なにが必要でしょうか。
堀井: まずひとつ大切なのは、マインドセットです。既存のものをそのまま続けていくことと、新しいものにトライしてみること。この2つを比べたときに、後者に大きな可能性がある、と思えるかどうかが重要なんです。失敗するかもしれないというリスクはあっても、未知のものに挑戦することには価値がある。そう考えることのできる価値観や心持ちが大事になってくるでしょう。
そういう新たな可能性に懸ける心の持ち方、つまりマインドセットを各人がしっかり持つということが、クリエイティブに活躍するためには大切だと思います。
———新しいやり方にトライする、その姿勢こそが大切だということですね。
堀井: そうです。それからイノベーションとか、イノベーターという話になると、みんな、たとえばスティーブ・ジョブスのような天才だけが新しいものを生み出せるというようなイメージを抱いてしまいがちだと思うんです(笑)。でも、それって誤解なんですよ。
クリエイティブとかイノベーションというとすごく大変なことのように感じてしまうけれど、新しいものを生み出す力というのは人間、だれにでも備わっているんです。そして努力や訓練を重ねることで、その能力を高めることだってできる。そのことを信じて、なにかに取り組むときには新しい方法にチャレンジしてみることが大切です。
それから、新しいアイデアを生み出すといってもいきなり無から生まれるわけではなくて、そのための方法論というのがあるんです。ですから、その方法論を理解して実践してみること、そしてその訓練を繰り返していくことで、だれでもかならずクリエイティブでイノベーティブな人材に変わっていけると思います。
———イノベーションとは一部の天才の専売特許ではなくて、方法論があるものなんですね。
堀井: はい。ですから、先程いったマインドセット、つまりチャレンジ精神を持った上で、創造的なものを生み出すための方法論を身につけて、トレーニングを重ねていくことによって、人はどんどんクリエイティブになっていけるんです。そうやってここで学んだ学生たちが、新しいプロダクトやサービス、またはこれまでになかったビジネスモデルや社会システムといったものを生み出す人になっていってくれたら、と考えています。
志を持つ学生にとって、グローバルな体験のできる絶好のプログラム
———このグローバルリーダー育成プログラムには、国からも高い期待が寄せられていると聞いていますが、どういった学生にここで学んでほしいとお考えですか。
堀井: イノベーションを生み出すときにもっとも大切なのは、多様性を尊重するということなんです。異なるバックグラウンドを持った人と一緒に活動する、やはりそういう体験というのがきわめて重要です。
これまで大学という場は、知識を伝えるということが一番の仕事だったわけですが、これからはそうではなくなっていきます。新しいものに挑んでいくマインドセットを育み、アイデアを生み出すスキルを身につけ、そして高いモチベーションを持って世界を変える人になっていく、そういう経験のできる場所にならなくてはいけない。
それを実現するには、個々人が多様な人と交流して、自分の知らない人からもモデルを学んで身につけていくということが必要になってきます。ですから自分の志を持っていて、異なる分野や異なる国からやってきた人たちと一緒に活動することで刺激を受け、また志を育んでいける、そういう方に来てほしいですね。そういった学生にとって、グローバルな体験を存分にできるのがこのプログラムの特長だと思っています。