「落ちない飛行機」を飛ばしたい

東京大学大学院工学系研究科教授 鈴木真二

国際的な運用規則、世界中からの部品調達など、航空とはまさにグローバルな分野である。安全性のさらなる確保はもちろん、予測される旅客輸送の伸び、それに伴うCO2排出量増による環境問題などの課題に、ともに取り組む人を求める。

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航空・宇宙

小さなころから、純粋に飛行機が好きだった

鈴木真二
photo:Ryoma.K

———鈴木先生は、航空機の研究を長年されていらっしゃいます。その情熱の原点はどこにあるのでしょうか。

鈴木: もともと飛行機が好きだっていうことがあるんです。名古屋で育ったものですから、中部地区が航空産業の集積地だということもありましたし、ちょうど小学生のころにYS-11という国産の旅客機が初飛行をしたとかそういったニュースにふれていて、純粋に飛行機が好きでした。
ただ、大学に入って航空工学の専門を決めたんですけれども、そこで柳田邦男さんの『マッハの恐怖』という航空事故に関するノンフィクションを読みまして、飛行機が単なる憧れの対象じゃなくて、人の命を預かる非常に重要な乗り物だということを認識して、この分野をずっと研究をしたいと思うようになったんです。

より安全な飛行機をつくりたい

———それで鈴木先生は長年、「落ちない飛行機」というものを提唱されているんですね。

鈴木: 私の研究の最終目標は「落ちない飛行機」をつくる、というところにあるわけなんです。飛行機というものは他の乗り物と比べると、統計的には実は非常に安全であるといえると思うんですけれど、やっぱり空高くからものすごい速度で墜落すると悲惨なことになってしまいます。そういう意味で、恐怖心があるんじゃないかと思うんですね。
いまの飛行機はほとんど自動操縦で飛ぶことができます。けれども飛んでいるあいだになにか故障したりとか、機材が壊れたりとか、そういったさまざまなトラブルに遭遇したときに、もう操縦が難しくなるということがあるんです。普段は自動操縦だけれども、いったんそういったトラブルが発生すると、あとはパイロットの方がそれを救わなければいけないことになる。もちろんそのために訓練されているわけですけれど、もしも経験したことのないようなトラブルに遭ったときには、どうやって機体を救ったらいいのか。
そのときにパイロットの力だけではなくて、コンピューターの力、人工知能の力を借りて飛行機を救ってあげることはできないだろうかということが、私の「落ちない飛行機」の研究のバックボーンになっています。

日本の「ものづくり」と「安全」の精神を世界に広めていきたい

———日本ではやはり1987年の日航機墜落事故が有名ですが、航空機の安全性に関する研究において、日本が世界に対して貢献している点というのはありますか。

鈴木: はい、日本では御巣鷹山での墜落という非常に大きな事故がありました。私はそのころ実は自動車会社の研究所(豊田中央研究所)に勤めていたんですけれど、そのニュースに接して、まだまだ飛行機はもっと安全にならなければいけないという思いを非常に強くしたんです。そしてその後、大学に移りまして、いままでこうやって航空工学を研究してきました。
あの事故以降、日本のエアラインでは死者を出すような事故は1件も起きていないわけです。日航機事故をきっかけに安全の意識というものが非常に高まって、その安全を維持していくための運用体制が日本の中ではできているといえるでしょう。そういった安全の精神から生まれてくる技術をさらに世界に展開していきたいというのが、これからの段階になってくると思います。
ちょうどMRJという、さっきお話ししましたYS-11と同じく純国産の航空機の次世代機が、いままさに開発されようとしています。精緻なものづくりですとか、きめ細かいサービスというのは日本ならではのものだと思います。ですから、そういったもので安全を維持していく技術と心とを世界に提供していく、それこそがある意味では日本の使命なんじゃないか、と考えています。

鈴木真二
photo:Ryoma.K

「旅客輸送の伸び」「安全性」「環境問題」が今後のテーマに

———航空には、バイオ燃料や宇宙開発、環境問などのいろいろな関連領域があると思いますが、いまはどんなテーマに注目していらっしゃいますか。

鈴木: まずは「旅客輸送の伸び」ですね、飛行機を使う人の数が、これから急に増えるというふうにいろいろと予測されています。これはなぜかといいますと、世界のGDPがいま毎年3%くらいの割合で伸びているわけなんですけれども、生活が豊かになると飛行機を使って移動する人が急に増えるという、そういった統計が過去にあるからなんですね。ですから、これからも年4%から5%近い伸びで飛行機を使う人口そのものが増えていく。そんなふうに考えられています。
そういった状況ですので「いかに安く飛行機で旅行できるか」というのは1つの重要な視点なんです。実際にローコストキャリア、格安航空会社などと呼ばれているLCCなどがいま急速に広まってきていますね。

———そうすると、航空業界というのはマーケットそのものが拡大しつづけているわけですね。

鈴木: そうなんです。また、もう一つの重要なテーマはやっぱり安全性です。たくさんの飛行機が飛ぶようになると母数が増えますから、それにともなって墜落する飛行機の数も増えてしまいます。これをいかに下げるか。
とりわけパイロットの不足ということがこれから深刻になってくると思います。いま飛行機には2名のパイロットが乗っているわけなんですけれども、それをもし1人で操縦するとなった場合に、もしパイロットになにかあったらそれをどうやって助けるか、という問題が出てきます。これは実は先ほどの、私の「落ちない飛行機」の研究とも重なってくるテーマなんです。
それから3つ目の大きなテーマは環境問題です。利用者が増え、よりたくさんの飛行機が飛ぶようになりますとCO2の排出量も増えていきます。これをいかに抑えるかということが重要な課題になってきているんです。その意味で、航空機にバイオジェット燃料、つまり植物由来の燃料を使うことによってCO2排出を減らし、環境への負担を減らそうという動きが、いま世界的に大きな波になってきているんですよ。
日本で飛ばす飛行機、日本でつくる飛行機のどちらに関しても、そういった新しい燃料をどうやって入手したり生産したりして飛ばせるようになるのか。これは、これから日本の航空でも大きな課題になってくると思います。

鈴木真二
photo:Ryoma.K

飛行機は技術だけでできているわけじゃない

———この東京大学のグローバルリーダー育成プログラムでは、設定された4つの重点領域のうちの1つが航空です。なぜ、数ある分野の中でも航空が大切だと考えられているのでしょうか。

鈴木: 私は工学系というところで教育・研究しているわけなんですが、飛行機はべつに技術だけでできるわけじゃないんですよ。まず、安全に飛ばすためのさまざまな仕組みを、世界的な規模でつくっていって、それを国際的に運用しなければいけません。それから経済的にも、エアラインにとってちゃんと利益が上がっていくような仕組みをつくっていかなきゃいけない。もちろん利用する人にとっても、利便性の高いサービスじゃなきゃいけない。
そういう意味では航空というものは、政策的な分野、経済的な分野、それからもちろん技術的な分野、そういったさまざまな分野に関わっていて、しかもそれがグローバルな広がりを持っているんです。飛行機をつくるときにも世界中から部品を調達するサプライチェーンがいまでは欠かせないものとなっていますからね。そもそも飛行機は国境を越えて世界中に飛んでいきますから、物理的にもグローバルなものですしね(笑)。

国際的な資質が要求される航空だからこそ、グローバル人材を育てていく

———このプログラムで、どういった人材を育てていきたいですか。

鈴木: 航空に関する国際規則ひとつとってみましても、世界中の合意の下でつくられていくというところがありますので、幅広い知識を持ったグローバルな人材を育てなきゃいけない、という課題があるんです。ですからこのリーディング大学院のプログラムは、まさにそのテーマにふさわしい。このプログラムで航空を取り上げていたただいているということで、若い学生さんたちと私もぜひ一緒にやっていきたいと思っています。
航空というのは非常にグローバルな資質が要求されますから、それを育んでいくための試みのひとつとして、世界の巨大メーカーであるボーイング社と東京大学とで連携を組んで教育プログラムを実施しています。工学分野でどうやってグローバル人材を育てるかということを話し合いまして、ボーイング社のエクスターンシップという教育プログラムを一緒に開発しているところなんです。
具体的には、シアトルにいるボーイングのエンジニアですとかマネジャーの方から、直接インターネットでオンライン講義をしていただいています。これは東大だけじゃなくて、他の日本国内の大学も参加しているんですけれども、それぞれの大学からネットを介して講義を受けて、ディスカッションもそこで行って、というふうにやっているんです。
ちょうど2013年にはシアトルに学生たちを連れていくこともできまして、実際にその現場を見ることもできるようになってきました。そういう実地の活動も通して、世界で活躍できる人材が育っていけばいいな、というふうに願っています。

(構成・インタビュー:松田ひろみ)