複雑化する国際情勢 問題解決への青写真を描く
東京大学法学政治学研究科教授 藤原帰一
———現在、藤原先生が関心を持たれているテーマは?
藤原: 今の国際関係で大きな課題は、集団的自衛権を認めるか認めないかという問題よりも、むしろ集団的安全保障のほうだと思っています。というのも、統治が破綻して、領土・人民を支配する力を失った国家が世界にいくつか存在し、それが急進的なテロ組織などの温床となることがあるからです。現在のイラク、シリア、スーダン、イエメン、ソマリアなどがこれに当たります。アルカイダがスーダンやアフガニスタンに拠点を構えたことを考えれば、これがいかに深刻な問題なのかが分かります。
この集団的安全保障の対象となる領域の問題は、空爆などの軍事力だけでは解決しません。実効的な支配を行う権力がないところに原因の一端があるからです。だからといって、その代わりを政府が外側から作ることができるかと言えば、アフガニスタン・イラクへの介入を見るように、これは極めて難しく、結果、誰も手が出せない状況です。各国の関与する意思が極めて弱い中で、不安定がどんどん広がっていくこと、これが最大の問題だと思います。イラク・シリアへの介入の件では、パリ会議(2014年9月15日)で国際的な連帯が作られましたが、これは実効性が極めて薄いのではないかと危惧しています。
求められる集団的安全保障の再構築
藤原: また、今の日本国内の議論で私が大変懸念しているのは、例えば閣議決定をする過程で、集団的安全保障は認められないのに集団的自衛権は限定的に認めると妥協したことです。しかし、むしろ問題にすべきは集団的安全保障のほうだと思います。武装組織によって多くの人たちが蹂躙されているにもかかわらず無政府状態という場所がある。だから「その人たちを保護するためにわれわれは介入するべきだ」という議論は倫理的には充分に正当です。これを「保護する責任」と言いますが、ただ「保護する責任」という議論を掲げて、実際に軍事行動で成果を上げることができるのか?
実際にこの議論でもって国連が介入を認めたリビアの現状はどうでしょう。2011年3月リビアではベンガジで大量虐殺が起こる直前ということで多国籍軍が介入しましたが、結局すぐに撤退しました。多数の犠牲者が出ないという意味ではそれは結構だったと思いますが、結局今もリビアでは混乱が続いています。このような状況を見ても、集団的安全保障の再構築というのが現在、非常に大きな課題だと感じるわけです。
日本の比較優位を生かした活動を
———この課題に対して、日本は何ができるでしょう?
藤原: 日本ということで言いますと、自衛隊は米軍などと共に作戦行動をする時に、サポートグループとしての役割は果たせるでしょうが、軍事的にはそれほど大きな力を期待することはできないと思います。現在の軍事力で実効的な影響力を期待できるのは米軍の次に英軍、その後にフランス、ドイツ。日本はその次です。では日本の比較優位を生かしてできることは何か? それは難民支援を中心とした人道支援だと私は考えています。実際に日本はこれまでもJICA(国際協力機構)を中心にアフガニスタン南部という非常に厳しいところでも難民支援でずいぶんと成果をあげてきました。
———難民支援という意味ではシリアが深刻ですね。
藤原: シリア内戦の波及が憂慮される状況の中で、シリアからトルコに難民が移動できるようにするためにどうしたらいいか、私は2013年からいろいろな形で議論してきました。トルコは国連の管轄下に入ることを嫌っていて、そのため難民キャンプを認めてないのです。どうしたらトルコの承認が得られるのか議論してきました。トルコはNATO(北大西洋条約機構)の一員なので、一方ではNATO内でのトルコの役割を固めながら、他方では難民が移動できるように軍事行動を行うこともあるわけです。
それでトルコ領内の難民キャンプへの日本の支援という働きかけを考えました。これは去年トルコに行った時にもそれなりにご賛同を得ましたし、また日本の政府関係者や大臣にもご賛同をいただいたのですが、シリア情勢が急展開して、現在ではそう簡単に手が出せない状況になってしまいました。でも必要性はより高まっています。
今、シリア北部はイスラム国の勢力が非常に強く、激戦地がいくつかあります。そこでは多くの難民が動けない状態になっているので、ここで目標を小さく設定しながら確実に実現することが必要だと思っています。たとえば、この難民の移動を促進するように空爆のターゲットを設定するのは、これは敵対する相手への軍事行動とはまったく性格が違うもので、非常に地味な活動ですが逆に効果が高いと私は考えています。ただ、実際は激戦区なので厳しいですが……。ヨルダンの国連難民キャンプへも日本はずいぶん関わってきました。ヨルダン政府の力だけでは維持できない状況ですし、同じようにトルコの中のキャンプでも同様に日本の役割を見出していくべきだろうと思います。
今、私が政策ビジョン研究センターの安全保障ユニットで研究しているのが、新しい戦争・新しい安全保障という、近年研究が盛んな領域です。軍事大国間の緊張関係と、それとは性格の異なる破綻国家と紛争地域への関わりが、従来の安全保障とどのように違うのか、またどういう課題を提起し、どういう選択があるのかを研究しています。そういった流れの中で、今の話があるのだとご理解いただければと思います。
専門家が青写真を出す
———トルコの難民キャンプの拡充について、日本政府と話をされているのですね。そこでは藤原先生はどういう立場で活動されているのでしょう?
藤原: とくに肩書があるわけではなく、学者として取り組んでいます。よく事業が始まったところで学者は導入されがちなのですが、肩書がついた段階ではすでに事業として、具体的な検討が始まっているのです。でも「これからここが問題になりますよ」と、紛争が起こる前に指摘して、その手当てを先に提言するのが学者の仕事だと私は思っています。トルコの場合には予測が当たったというよりは、状況の進展が速すぎたので、それに追われるような形になったのですが。先だってもイギリスの王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)での会議で、イギリスの専門家とトルコを含むシリア・イラク情勢について議論をしました。そこでも今のようなことを申し上げたところです。
———なるほど。自分が実際にプレイするわけではないけれど、プレイヤーの音を聞きわけて内容や方向性を理解し、それぞれを適材適所に配置する、そういう力がこれからのグローバルリーダーには求められているということですね。
藤原: ええ、やりっ放しでいいのかと言われると仕様がないんですけどね。専門家は、ある事業が立ち上がる前に、青写真を出して「こういうことをやりましょう」というのを打ち出していくものだと思います。
(インタビュー 藤田正美、記事構成 柴田祐子)