社会システム全体からエネルギー問題に挑む
東京大学大学院工学系研究科教授 松橋隆治
———先生の博士論文のタイトルは「統合型エネルギーシステム」ですね。電気工学がご専門で学生の頃からマクロ的なプローチをされていますが、その研究を始めた経緯は?
松橋:私の恩師が茅陽一先生なのですが、茅先生は制御工学の草分けのころに教科書を作られたりして、制御という学問体系を日本で形作ったお一人です。制御工学が学問としては成熟してしまい、新しいものが少なくなった時に、茅先生が「モーターや機械の制御より、今後、社会とか地球のシステムの制御が大事になる」と仰って、地球温暖化問題の解決やエネルギーシステムの最適化のような方向に行かれたのが、私が博士課程の時でした。その頃、1988年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ができて、地球温暖化問題について、トロントのサミットで CO2 の20%削減という話が初めて出た時だったので、世界の流れと私の博士論文とがちょうど同じタイミングだったんですよね。それで今の研究へとつながっていったわけです。
トータル・エネルギーシステムという考え方
———なるほど。当時、学生として統合型エネルギーシステムを研究するのは荷が重くはなかったですか?
松橋:いや、それが私の場合はむしろ、すごく楽しかったんですよ。確かにかなりマクロな部分もありましたけど。基本的なコンセプトが何かというと、化石燃料をガス化、あるいは天然ガスであれば水蒸気改質をして、CO と水素っていう小さいエネルギーキャリアで一旦統合するんです。そして、それらを組み合わせてアルコールを作ったり、水素で一般家庭に供給したりする。このように、ひとまず中間のエネルギーキャリアで統合するので「統合型エネルギーシステム」と言っていたんです。
こういう内容ですから、ケミカルプロセスがかなり入ってきて、茅先生も「この話は化学の先生に、どなたかにご指導いただくのがいいだろう」ということで、ご紹介いただいたのが当時、新進気鋭の研究者だった小宮山宏先生です。実は、現在のLCSセンター(低炭素社会戦略センターの略)長も小宮山先生でして、当時のご縁が今に続いているんですよね。
———経済評価みたいなことも、その当時からやられていたんですか?
松橋:エネルギーシステムの最適化、つまりエネルギーシステムをモデル化して、トータルコストを最小化するのが標準的なかたちですから、エネルギーシステムのコストをなるべく低くしながら CO2 を減らしていく、という研究はその当時からしていましたね。それがマクロな仕事ですね。 もう一つ、ミクロとまでは言わないけれど、その統合という中に石炭をガス化して CO と水素にする、つまり、一酸化炭素と水蒸気から二酸化炭素と水素を生成するシフト反応(CO+H2O → CO2+H2)っていうのがあるんですが、これをすると、 CO の持っているエネルギーは水素に転化されて CO は CO2 になるんです。それで1992年の電気学会で「酸素でガス化しておくと燃料ガスに窒素が入らないから、非常に濃い状態で CO2 を回収できるんですよ。そしてプラントの簡単な概念設計をしてみると効率がこれぐらいになる。だから酸素でガス化して、濃いところで CO2 を取ると、効率の損失が少ないかたちで CO2 を回収できます」っていう内容を発表したんですよね。
それで、一つ、面白いことがあるんですよ。電気学会でその論文が掲載されてからもう20年以上経つんですが、実は今、大崎クールジェンっていうプロジェクトで広島県の大崎上島にプラントを造ってるんです。先日、そこに見学に行ってきたんだけど、自己満足かもしれませんが、当時、僕が計算したものと非常に近くて、パラメータはそんなに変わってなかったんですよ。ただ、一つ大きく違うのは、僕は当時データのあった古いガス化炉でガス化するっていう前提だったけど、今大崎クールジェンは最新鋭のガス化炉という点でしたね。
———それはすごいですね。当時、その特許とかは取ってなかったんですか?
松橋:そんなのは全然ないですね。私が疎いのもあるんでしょうけれども(笑)。例えば、今、私が携わっているCOIプログラムで「電気代そのまま払い」っていうファイナンスの仕組みを社会実装しようとしてるんですが、それも一切、知財とかは抜きにしてるんですよ。皆さんに真似してもらって、それが広がっていけばいいなと思っていて。私は研究者なんで、お金を儲けたいとは全く思わないし、そういうとこには興味はないんです。むしろ、もっと世の中に広がっていけばいいと思っています。大崎のプロジェクトも25年経って実用化をしましたし。ま、これも別に私がやったから実現したわけじゃないんだけどね。
社会システム全体のことを考える
———松橋先生はGSDM的というか、かなり早い段階から制度の話も含めて研究されていますよね。でも一般的には、学生では要素技術を学び、その後、公共政策へと広げていくケースの方が多いかと思うのですが、この辺りをどうお考えですか?
松橋: ええ、ある意味、私の研究は公共政策的なものに近い概念がありますよね。例えば、私の電気で担当している授業でやる数理計画とか線型計画のシンプレックス法とかは、数理計画の大切な概念ですが、双対定理とか双対性って、とても大事なんですよ。「量が横軸、物量を横軸に考えるとすれば、縦の糸には価格があって、量と価格っていうのは双対の関係にあるんですよ」っていうような式を一本一本見せながら講義をしていくわけです。これを公共政策的に言うと、一つの技術をきちんと追求しながら、それがちゃんと世の中に導入されるかどうか、その事業が成り立つとか、費用対効果を考えましょうという話ともいえますね。これは基礎の講義なので、電気では電力系の人も電子系のデバイス系の人も情報系の人もみんなが聞く講義だから、誰でもが持っている、または持っていなければいけない基本的な学問知識の体系の中にあると思います。だから、そういう意味で公共政策的あるいはGSDM的なものや政策っていうと、一見、科学の分野とは違う世界が思い浮かぶんだけど、でも工学の中にも政策まで含めた学問体系やシステムの体系というものがあると思うんですね。
———政策的な学問体系は、工学系でも元々ある考え方ではあるんですね。
松橋:はい、工学系でもあるはずだと思います。私は政策的なものを含めて長いことやってきてるから、自分ではちゃんとした体系もあると思ってるんだけども、それを早くから教育することが良いか悪いかということになると難しいですよね。GSDMでは、今の大学院の人たちに「始めから政策的な考え方を持ってくださいね」と言ってるわけですが、それは決して間違ってないと思うんですよ。学生はみんな、研究室で要素技術はやってるわけで、それをやらないでマクロなほうだけやったら知識が薄っぺらくなりますが、要素技術をやった上で横糸、政策的な視点も見ることは、非常に大切なことだと思いますね。 僕はシステム全体を見るとか、GSDM的に言うと政策科学的なこともちゃんと見るっていうのは、あっていい話なんだと思うんです。ただ、大学の中ではやっぱりまだマイナーだし、少ないんだろうと思いますね。大学の中では、まず要素技術をやって、それが進んで徐々に政府の委員会をやるようになって、そして政策的なことをやるという順序が多いかもしれないですね。大学院の時からそういうことをやるっていうのが、特に理系においては非常に少ないっていうことも、また事実だと思います。なので、学生たちは、やや戸惑うことがあるかもしれませんね。
——政策的なことを含めた研究を電気工学の中だけでやろうとすると、限界みたいなものは感じますか?
松橋:それは少しありますね、正直。電気は電気の確固たる体系があるわけですよ。それをまずちゃんとやるのが筋でしょうし、ちゃんと勉強するのはとてもいいことだと思うんですね。で、これをやりながら、さらに横軸を持つっていうのは、実はかなり難しいことなので、学生はそこまで想像が及ばないと思います。僕らは長年やってるけど、電気のことを一所懸命勉強してる学生に対して、「それプラス、エネルギー全体のことも考えてくださいね」って言っても、感性がなかなか及ばない人が多いし、なかなか難しいんですよね。だから、やっぱりそういう意味で、社会システム全体のことを考えるというのは、電気の学問体系の中だけでやることではないのかなと思います。
——縦と横が同時にできる学生がいて、それを伸ばしていけたら、将来的にかなり面白い人材になりますよね。
松橋:そうですね。みんながみんな、そうでなきゃいかん、とは言いませんが、GSDMではいろんな意味で社会のリーダーになっていく人を育てようとしているので、そのような人にはそういう素養は持っていてほしいし、それをGSDMとして学生たちに要望するのはいいことだと思いますね。エネルギーは特に、最近の流れでも分かるように、そもそもが文理融合なんですよ。社会のリーダーを目指す人たちには、ぜひそういう考え方を持っていてほしいですし、文理融合型のGSDM的な取り組みが一過性でなく、なるべく長く続いてほしいと思います。