グローバルな視座でエネルギー政策を

東京大学公共政策大学院教授(2014年3月まで在職) 田中伸男

3.11を経て、日本のエネルギー問題は新たな岐路に差し掛かっている。電力構成比のみならず、世界情勢を鑑みてのエネルギー安全保障の構築や、再生可能エネルギーの導入、電力市場の整備など、取り組むべき課題は多い。

「エネルギー問題=電力の構成比率」だと誤解されてしまっている

田中伸男教授
photo:Ryoma.K

———3.11以降、エネルギーというのは一般の方にも強く意識されるテーマになってきました。世界的に見ると、エネルギー問題にはどんな動向があるのでしょうか。

田中: 日本では福島事故以降、原子力が安全かどうかについて非常に大きな政治的な議論が巻き起こり、また国民の不安もそこにあります。したがって、危ない原子力をどのくらいの割合で使うのかという議論になっているわけです。ベストミックスという言葉がありますが、どういう発電方法を組み合わせて電力をつくるのかという、電源構成の話ばかりがエネルギー政策だ、と受け取られてしまっているんですね。
ところがエネルギー問題というのは、そういうことばかりではないのです。たしかに原子力の扱いをどうするか、特に安全については当然考えなくてはいけないんですが、世界のエネルギーマーケットはどうなっていて、エネルギー需要がいったいどこで起こっていて、それに対する供給がどうなっていて、どこにリスクがあるか———逆にいえば、その調達リスクをできるだけ減らすために、どういう電源構成を持つのがエネルギー安全保障としてはベターなのか、そういうことが重要なんですよ。
エネルギーってやっぱり国民経済にとって基幹的なソースですから、それをどういうふうに調達していくのがこの国のためになるのか。こういう視点で議論をすべきなんです。

世界的なトレンドを見据えた取引を

———エネルギー調達の面から見ると、国際的にはどういったトレンドがあるのでしょう。

田中: いま世界で起こっていることのうち一番大きな変化は、実は原子力をどうするかではないんです。「シェール革命」と呼ばれていますが、北米から新たなガスや石油などの、従来とは異なる非在来型といわれる資源が大量に見つかって使えるようになりました。このためにアメリカのエネルギー構造が大きく変わってしまったのです。これが他の国にも波及しまして、いままでアメリカにガスを輸出しようとしていた国は、輸出先がなくなってしまった。そしてアメリカはといえば、ガスが余ってむしろ輸出するようになったのです。
そうすると、じゃあその余ったガスはどこへ行くのか。ヨーロッパに行ったり、日本でもじゃあ、これからもっと安く買えるんじゃないかという議論になったり、いやいや、経済成長の著しい中国はもっと使います、インドも要りますと、こういう話になる。じゃあ、回り回って誰が最後にババを引いて高値で買わなくてはいけなくなるのか。
現状では、日本が今非常に高い値段でガスを買っているんですが、もっと安く買ってくるためにソースを多様化していくということが必要です。特にロシアから買ってくるとおそらく安くなるので、これをどうするか。もちろんアメリカからも買うんですが、どうやって取引先を分散させていくかということです。
ですから国民経済的に見ると、そういうエネルギー源というのは、相互間の需給の動きによって価格が変わってきますので、そういうことも考えなくてはいけないんですね。

国際関係の中でエネルギーミックスを組み立てることが重要

———アジアに目を向けると、いかがでしょうか。

田中: たとえば中国やインドのような国は石炭資源をたくさん持っているんです。豊富にあるから安いわけですけど、そこで大量に使うために大気汚染という問題が持ち上がる。いまPM2.5が社会問題となって、中国は大変苦しいことになっています。もちろん二酸化炭素を大量に出すという面もあり、地球環境のためにも石炭は減らさなくてはいけない。
そういう要請がある中国は、石炭をやめて、じゃあなにを買うかというと、もちろん原子力や再生可能エネルギーもありますが、やっぱりガスを使おうとするはずです。中国の国内にもガス資源がありますからね。
そんな国際関係の中でエネルギー資源をどのくらいのスピードでどうやって開発するのか、足りなければ誰から買うのか、こういうことを考えないといけないんです。エネルギー政策というのは、そういうふうにガスも考え、原子力も考え、石炭も考え、それから非常に重要である、中東から入ってくる石油はどうすれば安定供給が可能か、そういったことすべてを頭に入れながら、日本がどういうエネルギーミックスをしていくのかを組み立てる。これがエネルギー政策にとってすごく重要なことだと思うんです。
ですから、日本もそういうグローバルな視点から見たエネルギー政策の議論をしないといけない。国内の原子力が安全かどうかだけですべてを解決しようとするのは、ちょっと難しいんじゃないかという気がします。。

田中伸男教授
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再生可能エネルギーの導入に向けて、発電量の増減に備える

———いまエネルギーの構成比率についてお聞きしましたが、電力の供給方法や送電網といったものも、今後変わってくる可能性があるのでしょうか。

田中: 電力といってもいろんな種類のものがあります。いま、原子力はベースロード電源であるという議論がありますけれども、それ以外にこれからは新しい再生可能エネルギーも使われなくてはいけない。再生可能エネルギーの最大の問題は、とりわけ太陽光や風力については、発電量が増えたり減ったりと大きく変動することなんです。
太陽光はくもったり雨が降ったりすれば発電量が減りますし、それから夜になればゼロになってしまいます。風力は風が吹いたり吹かなかったりで発電量が変わりますよね。これからはそういう変動型の電源が増えていくわけです。日本も政策的に、こういった電源に対してFIT、固定価格買取制度という補助金を2012年から始めまして、増やしていこうとしています。ですからそういう不安定な部分が増えていってしまうわけですね。
そこをどうやってバックアップするか。1番いいのはたとえば水力ですとかガスタービンとか、そういったものを組み合わせていくことで、そうしないと安定的に供給できなくなるわけです。ベースロードだけでもダメだし、自然エネルギーだけでもダメで、そういういろいろな電源をミックスさせてうまく使っていくための技術が必要ですね。

新しいエネルギー安全保障体制を

また、送電技術のことも重要になってきます。風力や太陽光の場合は、可能な場所が都会から離れているケースが多いわけです。北海道、東北、それから九州といったところが風力発電に適しているのですが、そこでつくった電力を消費する地域まで持ってこなくてはいけなくて、そのための送電網の整備が大きな課題です。これがないために、せっかく設備認定をしても発電したものを運べないということで、ソーラー発電所、風力発電所が立ち上がらないという問題を現に日本は抱えているわけですから。
したがって、電力市場も整備しなくてはいけない。それから新しい送電技術も持たなくてはいけない。送電線もきちっとつながなくてはいけない。そのための設備投資もしていかなくてはいけない。ということで、単純に風力発電だけ増やせばいい、という話だけではないわけなんですよ。
そういう全体のシステムをうまく考えながら電気を送っていく。いままでは石油さえあればエネルギー安全保障は図られるんだ、という時代だったわけですが、これからは変わっていくんですね。
自動車と石油というのが、まさに20世紀の文明を象徴するものだったんですが、21世紀になりますと電気が中心になり、またその電気も石油からだけでなく、ガス、石炭、原子力、再生エネルギー、こういったものをうまく組み合わせてつくるわけで、かつ使う量を減らしていく省エネ型志向なんですね。また、需要をうまく管理しながら送電するスマートグリッドというシステムもあります。こうやって最適解を探すという、新しいエネルギー安全保障のコンセプトをつくっていかなくちゃいけない時代になってきました。

田中伸男教授
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産学官を連携させることのできる、コミュニケーション力の高い人材を

———新しいエネルギーのセキュリティー、それを支えるシステムをつくっていくためには、どういった人材が必要とされていますか。

田中: エネルギー問題を考えていくためには、いろいろな技術が必要だということで、 もちろん技術についての理解もなくてはいけない。それから国の制度の問題ですから、政策についての理解も必要ですよね。
それからもう1つ重要なのは、いろんな国際的なパースペクティブでものを見られることです。海外にはどういう事例があるのか、先行する失敗事例からも成功事例からもたくさん学ぶことができるわけですから、そういったことについても知見を持つことが重要です。なので、語学力というものも必要不可欠ですね。
それから日本のエネルギーシステムを新たにつくっていくには、産業界、政策当事者、アカデミズム、これらの三者をつなげる人であることが求められます。ただ元気があるということだけじゃなくて、多面的な能力が求められます。導きだした政策についても「この答えを国民が理解して、納得してくれるにはどう伝達したらいいか」という点から考えることのできる、そういうコミュニケーション能力重要になってくるでしょう。
私は、ふだんから仕事の中でもこうやって噺家みたいに議論をワーワーやっていますので(笑)、学生とも一生懸命話をして、それがすごく面白いんですね。でもその中で学生のプレゼンテーション能力、コミュニケーション能力をテストするような会話もしています。そういう能力がやっぱりこれからうんと必要になってくるでしょうから。

資源のない日本だからこそ、危機をチャンスに変えられる

———エネルギーに関して、福島での事故もあり、いま日本はターニングポイントを迎えているのかと思います。エネルギー問題に関して、日本の持つ強み、そして弱みというのはいったいなんでしょうか。

田中: おもしろい質問ですね。いままでこういう質問はされたことがありません(笑)。
日本という国の弱みは簡単ですね、資源がまったくない国ですから。資源がない国というのは、当然それを輸入してこなくちゃいけない。輸入するにも多様なものがある。これだけ経済が高度になっている国で、競争力を高めつつ安定供給していくためにはどうしたらいいのか。これについて、大変な努力を日本はしてきたんです。
たとえば第1次石油ショックのときには、それまで石油をガブガブ使ってうまく成長してきたその道が、変更を余儀なくされた。しかし、その結果として日本は省エネ大国をつくったわけです。したがって、ある危機に対して確かに日本は弱いんですが、結果としてそこをうまく乗り越えて、エネルギーについて新しいパラダイムやシステムをつくり上げてきたという歴史を持っているんです。詳しくはお話ししませんが、第2次石油ショックのときもそうでした。省エネ努力をうんとして、産業も、車も、それから家電も省エネになって、日本の国全体が企業も家庭もみんな省エネ型に変わったんですね、結果としてみれば。
したがってやっぱり、そのクライシスをうまく日本は乗り越えるような、災いを転じて福となしてきた歴史があるので、僕は、同じことがいまの大変な危機にもいえるんじゃないだろうかと思っているんです。なにが問題なのか、どういう選択肢があるのかを、広く国民に議論をして、乗り越えていくしかないんだろうと思います。

(構成・インタビュー:松田ひろみ)