セーフティとセキュリティ 重なったところに見えるもの

東京大学公共政策大学院教授 城山英明

少しずつ「問題とする世界が重なってきている」とも言えるセーフティとセキュリティの分野。多様な分野の研究者が問題解決に向けた共通の目標を掲げ、互いの異なる見解と主張を認め合いながら、いくつもの可能性を考慮して議論と検討を重ねていく。

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レジリエンス
城山英明
photo:Ryoma.K

 2014年7月16日「Risk and Security – Redefining the Concept and the Structure of Governance」(非公開セミナー)が開催された。セミナーにはリスクと安全保障に加えて金融、気象など、幅広い分野の研究者が集まり、それぞれの研究の発表と活発な意見交換が行われた。

 セミナータイトルでは「リスクとセキュリティ」が並んでいるが、これまでの実際の議論の中では、大きく二つのグループに分かれていた。一つは、リスクという概念とリスクに対応するために安全をどのように確保するかという社会的・技術的リスクの問題「セーフティ(安全)」を議論してきた主に工学系のグループ。もう一つは、スレット(脅威)を考えて、脅威に対してセキュリティをどう担保するのか、外交・防衛を中心とする安全保障の問題について議論してきた「セキュリティ(安全保障)」のグループだ。それぞれ、これらの課題を解決することによって社会の幸福と平和の実現を目指しているわけだが、これまで両グループが同じ席について議論を交わすことはほとんどなかったという。こうした意味でこのセミナーは非常に新しい試みと言うことができる。

 現在、セーフティの分野では、特定の化学物質や温暖化のような個別のリスクへの対応だけではない複合的なリスク、つまり多様で不確実なリスクへの対応が求められている。セキュリティの分野でも、冷戦時のように明確な脅威を共有していた時代から、近年ではテロリストや地域・民族間の紛争など従来の概念ではとらえきれないさまざまなものがセキュリティ問題の対象になりつつある。今回のセミナー開催に至った問題意識について、発起人の一人である城山教授はこう語った。

 「セーフティとセキュリティ、この二つは、以前は別々の世界でしたが、近年それぞれの状況が変わってきて、その結果、相互に相乗りしているといえる世界も増えていると思います。まずは今現在、どの問題が、どのように変化し、どのように重なってきているのか、そこを知りたいと思ったのです」

 このような視点でセーフティとセキュリティを考えたとき、福島の原子力発電所の事故に伴う一連の問題が「相乗りしている」典型的な事例の一つだ。

photo:Ryoma.K

 もともとは2011年3月11日に発生した大地震と大津波によって東北一帯が被害を受けたという自然災害の話であり、それ自体はリスクやセーフティの問題だと言うことができる。しかし自然災害の結果、原発事故が発生したことによって放射能汚染の問題になり、それが食品汚染や風評被害の問題へと広がっていった。また事故を起こした福島第一原発で、原子炉を冷却するための放水作業を担当したのは事故当事者である東京電力ではなく、東京消防庁そして自衛隊だった。あれほどの大規模な事故になれば自衛隊が関与する、つまりは日本政府が関与するかしか手がなくなったということだ。繰り返される放水活動や避難者の移送、被災者の救助など、その後しばらくテレビ画面で自衛隊員の姿を見ない日はなかった。このように地震・津波対策という個別のセーフティ問題を発端に、徐々に問題が広がっていった結果、国家として緊急事態にどう対応すべきかというセキュリティ問題としての側面が強くなった。

 少しずつ「問題とする世界が重なってきている」というセーフティとセキュリティの分野だが、やはりその課題解決への見解とアプローチは異なるようだ。当日セッションの中でもその様子が垣間見られた。リスクの研究者は、セーフティの根本にもセキュリティの根本にも対応すべきリスクが存在するため、それぞれのリスクの性格を明らかにした上で重みづけし、数値化た上で、セーフティとセキュリティについての優先順位をつける。それを政策決定のときに参考にすれば、エビデンスベースになるはずだと述べた。しかし、それを受けて政治学の研究者からは、多様化し不確実化するスレット自体をリスクだという考えには賛成するものの、リスクの優先順位は文化や地域性や特にイベントによる影響が大きく、政治情勢にも依存しているため、重みづけを決める要素は流動的にならざるを得ないという意見が出る。

 「工学的な観点では数値的に順位づけして合理化することが大事です。他方、政治的観点では、それほど単純な話ではなくて文化や地域性やイベントに依存するという主張も当然あります。でも、政治に数値を持ってくるのは意味がないと言い切れるかというと、そうではないと思います。たとえば、10人死亡と1万人死亡というリスクがある場合、政治的な考えだけでは『どちらか一方がより大事』とは言えません。何かを決定する際、何を基準にするのかは政治の話なので科学では決められませんが、でも基準が何に決まった後、数値を参考にして優先順位を決めることはあると思います。そういう意味で考えれば、数値は政治判断を具体的に適用する際の材料にはなるのです」(城山教授)

photo:Ryoma.K

 セミナーにはセーフティとセキュリティ以外の研究者も参加していたが、他分野との議論の中でこれまでにない着眼点やアイデアを得たという。

 「多くの部分で重なってきているという確認ができたことは非常に大きいと思います。これは第一の作業。次はそれぞれの問題に対してどう対応するのかということを考えていきたいですね。地域や国単位で、概念的な対応と制度的な対応とか。それが次のステップです」(城山教授)

 多様な分野の研究者が問題解決に向けた共通の目標を掲げ、互いの異なる見解と主張を認め合いながら、いくつもの可能性を考慮して議論と検討を重ねていく。この地道な過程の先にこそ、世界をよりよくするヒント、さまざまな問題の解決に向かうブレイクスルーの糸口があるのかもしれない。

(インタビュー 藤田正美、記事構成 柴田祐子)

― 参考資料
2014年7月16日
「Risk and Security – Redefining the Concept and the Structure of Governance」
(非公開セミナー)プログラム

1. Prof. Atsuo Kishimoto
Project Professor, Graduate School of Public Policy, the University of Tokyo
Title of Presentation: Mapping out the diverse use of key concepts relevant to “risk and security”

2. Prof. Kiichi Fujiwara
Professor, Graduate Schools for Law and Politics, the University of Tokyo
Title of Presentation: Origins of Threat and Security: Securitization and International Relations

3. Prof. Yee-Kuang Heng
Associate Professor, Lee Kuan Yew School of Public Policy, National University of Singapore
Title of Presentation: Risk and Anglo-American Strategic Thought

4. Prof. Taketoshi Taniguchi
Professor, Policy Alternatives Research Institute, the University of Tokyo
Title of Presentation: Institutional Challenges for Building and Maintaining A Secure and Resilient Japan

<Session – Consideration of Governance Approach>

5. Prof. Yves Tiberghien
Associate Professor, Director, Institute of Asian Research, the University of British Columbia
Title of Presentation: Governing systemic risk at the global level

6. Prof. Masahiro Sugiyama
Assistant Professor, Policy Alternatives Research Institute, the University of Tokyo
Title of Presentation: Security implications of climate change risks