白黒の議論から脱却し 戦略的かつ柔軟なリスク対応が重要

東京大学政策ビジョン研究センター教授 谷口武俊

大きなリスクが一つ顕在化するとリスクの連鎖が起こる。不可避的に発生するリスクに対して、いかに適応し、かつ速やかに回復するのか。国家として何が重要か優先順位をつけ、限られた資源をいかに有効に配分するかという戦略思考が求められている。

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レジリエンス
谷口武俊
photo:Ryoma.K

———谷口先生は今、複合リスクやナショナルリスクについて研究されていますが、この研究を始められたのはなぜですか。

谷口:先の東日本大震災のように、今われわれの暮らす社会では、事故や災害などある大きなリスクが一つ顕在化すると、リスクの連鎖が起こり、国の成長や国民生活などさまざまな面に深刻な被害をもたらす可能性があります。そういった複合リスクの認識が世界各国に広がり、国家としてのリスクマネジメント戦略、そしてリスクに柔軟に対処し回復していく力、すなわちレジリエンスの重要性が言われているわけです。

しかし国としてリスクマネジメント能力を強化するには、リスクに関する情報を収集・分析してその基盤になるアセスメントをしなければなりません。そして国家の意思決定者が、アセスメントの結果について深く理解する必要がある。その理解こそが、ナショナルリスクマネジメントを行う上での必須条件であり、その一助になればと思い、私自身この研究を始めたのです。

———ナショナルリスクには、具体的にどういったものが考えられますか?

谷口:まず、リスクの起因事象ですが、大きく3つに分けられます。第一は、東日本大震災のような自然起因のハザード。第二は、技術起因のハザードで、例えば重要なインフラ施設や情報通信の拠点で起こる事故や災害がこれにあたります。第三が、人為的な行為に起因するハザード。テロやサイバー攻撃といったことです。

これらのハザードや脅威が発生する可能性がどれくらいなのか、そしてもしそれが起きたら、国民の生命や健康、社会・経済活動、環境、それに国家のレピュテーション(評判)などにどのような影響を及ぼすのかを、リスクという形で可能な限り定量的に評価する。特にリスクの対応において国家の関与が必要となる重大なリスクを対象に評価するのがナショナルリスクアセスメントです。

———世界がリスクマネジメントの重要性について強く意識するようになったのは、3・11と関連しているのでしょうか?

谷口: 2008年のリーマンショックの例もありますから、もう少し前でしょう。けれども、3・11をきっかけにその認識は一層強まったと思います。レジリエンスの大切さも言われ始めました。

つまりリスクマネジメントに関しては、これまではリスクを抑え込むための対策が議論されてきました。しかし、その限界が見えて、これからはリスクは不可避的に発生するものとして、いかに適応し、かつ速やかに回復するかという議論に変わってきたのです。

例えばアメリカでは、国家としてテロを始めあらゆるハザードについてシナリオを作り、その中で発生し得るリスク、そしてそのリスクに対処するために必要な能力などを多面的に分析しています。そうした情報に基づいて、人材の問題から技術的な対応まで、あらゆる観点から国家としてのコア・ケイパビリティを準備しようとしているわけです。

しかし日本ではまだそうしたところまで行っていない。確かにレジリエンスの重要性が言われるようにはなりましたが、まだ分析が得られていないから、国家として何が重要か優先順位をつけるところまでは至っていないのです。だから、結局あれも重要これも重要と、出てきたものに対してみんな均等に配分するという、おかしな平等主義になっている。限られた資源をいかに有効に配分するかという戦略思考が求められています。

photo:Ryoma.K

———例えば原子力の場合は3・11を機に、「絶対安全」という声から一転、「原発全廃」という声が一気に高まりました。日本ではポピュリズム的な方向に導かれていく風潮が強いように感じるのですが、それと同様なことが見られるということでしょうか?

谷口: そう思います。白か黒か。しかしリスクマネジメントは、白と黒の間のグレーゾーンのなかで、さまざまな点も踏まえより良い選択をしようということです。日本の場合、社会が過剰に反応してしまい、「あれもこれも」的な議論になってしまう、という側面がある。

ですが、それは日本国民が合意できないという話では決してありません。それには、グレーゾーンがどんな姿をしているのか、具体的に可視化して見せることが必要です。

———実際のところ国として日本は今、どのような取り組みをしているのでしょう?

谷口: 先頃(2014年6月3日)国土強靭化基本計画が閣議決定されましたが、その議論の過程で、日本が当面考えなければいけないハザードとして、首都直下や南海トラフ地震といった大規模自然災害に焦点を当ててアクションプランを作ろうということになりました。そして、どんな事態が起こり得るか、そのために何をしなければいけないか検討したわけです。

検討では「起きてはならない最悪の事態」として、例えば学校のような重要な社会的な機能を持つ施設の倒壊は回避しなければいけないという議論が出ると、耐震化率を100%にしなければ、となる。またしてもゼロリスク思考につながるアプローチであり、What-ifという思考がない。

———では、まずどんな議論から始めるべきだとお考えですか?

谷口: まずはしっかりと脆弱性を評価し、リスクを評価することが重要です。その上で、極端に言うと医療の世界で行われているトリアージ、つまり社会機能を確保していくために、リスク発生時に何を優先するかという議論が必要だと思います。限られた資源で最大限の効果をもたらすためには、政治的にその決断を下すことがすごく重要になってくる。その過程でグレーゾーンとどういうふうにわれわれは向き合っていくのかというリテラシーを醸成していくしかないでしょう。これは絶対に国が主導すべきことだと思います。

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———現実的に、その作業を国のどこが担うのが望ましいとお考えでしょう?

谷口: 多岐に亘るアセスメントをしようとすると膨大な情報が必要になるので、行政機関、なかでも内閣府あるいは内閣官房に専門部署を設けるのがベストだと思います。そこには行政官だけでなく、外部の有識者なども登用すべきでしょう。そうすれば、臨機応変にリスク評価を見直していくことも可能になるはずです。外部環境の変化に伴い、リスクも常に変わっていくものですから。

もう1つ重要なのはホライゾンスキャニング、つまり将来の日本の社会像を描き出して、どういうリスクがあり得るかを検討することです。

———ホライゾンスキャニングの機能を持っている国にはどんなところがありますか?

谷口: カナダやシンガポールの省庁が持っていますね。アメリカはFEMA(連邦緊急事態管理庁)が戦略的なフォーサイトイニシアティブというプログラムを動かしていて、さまざまな見地から国の将来像について議論しています。そこで描かれた絵に基づいてFEMAが将来の準備をするわけです。日本も、こうした機能を持つことが極めて重要になってくると思います。

———では最後に、谷口先生個人の研究の展望をお聞かせください。

谷口: これまで述べたような問題提起と、できればいくつかのリスクを定量的に評価したいと思っていますが、それにはいろいろな情報が使えないとできないので、大学では限界があるかもしれません。けれども、われわれの社会に存在するハザードについてのシナリオを作り、その中でどこにどういうリスクが生まれるのか、それはどのような関係性を持っているのかといったことを定性的でもいいから議論して、複雑化している社会の中で事が起きるとどういうことが降りかかってくるのかということを、皆さんに理解してもらえるような研究ができたらいいなと思っています。