アプリケーションの観点で新材料を探求する

東京大学大学院工学系研究科教授 丸山茂夫

科学者として新しい「何か」を発見する期待と興奮と、それが有効活用される工学者としての喜びと醍醐味とが、研究の中に共存する。単層カーボン・ナノチューブの画期的な合成方法の発見を経て、アプリケーションの観点を持って、将来に向けた新材料を探す。

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エネルギー
丸山茂夫

———丸山先生がカーボン・ナノチューブ研究に至るまでの経緯をお話しいただけますか?

丸山:私は元々、博士課程では機械工学の乱流熱伝達という研究を行っており,全く違う分野だったんです。でも当時、新しいことをやりたいという機運があって、その時に海外に出かけるチャンスがあったんですが、行った先がたまたまライス大学のスモーリー(フラーレンの発見で1996年ノーベル化学賞)のところでした。フラーレンの研究ということは特に意識してなかったんですが、そこに2年くらい居て、91年に日本に帰ってきてから、自分で何をやっていこうかと考えたんです。それがちょうど実験室でマクロな量のフラーレンができるようになった時期でもあったので、少しやってみようかと思って、私もフラーレンをつくり始めたんです。

———当時の論文ではフラーレンの1つとしてナノチューブが書かれていたのですが、最初はそんな位置づけだったんですね。

丸山:当時、カーボンファイバーは知られていたんですが、ナノチューブは全く新しい概念で,実際の構造もよくわかってなくって、材料であって化学でもないし、物理でもない、なんか怪しげなものだったんですよ。つまり、よく分らないものだと(笑)でもスモーリーは一生懸命「ナノチューブだ!」と言って、始めていたんですね。みんな「また変なもの始めて……」みたいなイメージでしたが、だんだん引き込まれていったんです。その後も、スモーリーが日本に来るたびに「ナノチューブやろうよ」と言われ続けて、それで自然とナノチューブに入っていったようなところがありますね。91年に帰国した後、また92年にちょっとスモーリーのところに行った時には、「ナノチューブつくろうよ」って言われて、その時は強引でした(笑)。これはもう違うかなと思うと、またナノチューブに引き戻されて、というのを繰り返してきましたね。

単層にこだわる理由、がある

———丸山先生は多層と単層のうち単層をフォーカスされていますが、それはなぜでしょう?あと、応用を考えた時に、材料としての魅力や潜在的な可能性はナノチューブの方がフラーレンより大きいものですか?

丸山: 単層か多層かですが、熱とか力学的には多層でもいいんですけど、ナノチューブの本当の面白さというのは、単層で半導体になるってところなんだと思うんですね。カーボンファイバーをどんどん細くして、ナノチューブが半導体になると全く違う世界の話になるんです。ただの金属、究極の金属じゃなくて、なんか世界がひっくり返っちゃうようなものになるので、こういうのが単層の面白みですし、私が単層にこだわるところですね。フラーレンは化学としてはもう確固たるものになっているんですけども、ナノチューブはそれとは違う、特別なものなんです。

———面白さの追求に進む研究者魂みたいな部分と、応用されてこそというような工学研究科的な部分では両極のようですが、それに悩むことはないですか?

丸山: その辺はかなりバランスがとれると思うので、あんまり悩まないですね、私は。もともと博士もずっと工学ですから。今だとそうはいかないかもしれないですけど、昔は、工学は結構好きなことをやっても良かったんですよ。かなり物理に近かったり、化学に近いことをやったり。元々、工学の人はいずれ、それを使うことを考えるというところがあるので、たとえ面白さの追求の方向へ走っていったとしても「いつか、何か使う方法を考えるだろう」と、どこかで考えていたりするので、基礎的なことを使って何かしようという発想はごく自然なんだと思います。でも逆は難しいんですよ。応用を考えた人が、ある年になってから物理やサイエンスに向かうのって、実は大変で。興味と同時に基礎を勉強しなきゃいけないじゃないですか。確かに世の中には基礎学理にしか興味ない人もいますけど、基礎のほうがやっぱり大変ですよね。応用って、何かできたものに対して企業とかいろんな人が、割とすぐに興味を持ってくれるじゃないですか。だから、基礎よりは入りやすいんだと私は思うんですね。そう言いながら、われわれがやっているのは、まだ、その応用の本当の端っこでしかないですけども。

———カーボン・ナノチューブの話をもう少し教えてください。アルコール化学気相成長法での合成法を見出されましたが、そのアプリケーション先として、最近はエネルギー方面に絞られているようですが、それはどんな経緯で?

丸山: 元々どっちかというと、私は材料のほうに魅了されていたんです。応用という意味では、私の機械工学の講座はエネルギーが担当ですから、そういう使命もあるわけですよね。あとは研究室の先輩にエネルギー関係者が山盛りいるので、そういう方々と付き合う中で、今、何が求めてられているかというのは出てくるわけで。ごく自然にエネルギーや太陽電池の分野で「この性質、面白いじゃないか」となると、やっぱり試してみたいですよね。あとは、私も年齢的に、これから研究者としてできる時間が10年を切っちゃいましたから、そういう部分でも分野が絞られつつあるのかもしれません。

———研究者としてできる時間とおっしゃいましたが、そういうことも逆算されているんですか?

丸山: はい。今まで好きにやらせてもらったので、ちゃんと何か形にしないといけないとは思っていますね。だから、そういう意味では、工学って、ある程度の物と関係するところにつながらないといけないんです。それが少しサイエンスとは違うところですね。そういう意味でも、最近はかなり太陽電池の方に行きつつ、どこかでナノチューブとかフラーレンが使えないかと考えています。今、有機の太陽電池はフラーレンもナノチューブも使っているんですが、これも面白んですよ。私はずっとナノチューブでやってきたんですけど、今後もし、また何か新しい物がつくれれば、これは放り出してもいいかもしれないとも思っています。

アプリケーションの観点で考えると「必ずしも、これがいいとは限らない」

———必ずしもカーボン・ナノチューブだけに、こだわっているわけではないのですか?

丸山: はい。こだわらなくてもいいかもしれないと思っています。ただ、そういう意味では、私はカーボンでここまで来てしまったというか、もう体に染み付いていて、今更やめられないっていうのはありますけど。(笑) ただ、 アプリケーションの観点からすると、必ずしもこれがいいものとのは限りませんから、応用面から見たら、全然違うところに行ってもいいのかもしれないという気はしていますけどね。

———そう考えていらっしゃるというのには驚きました。あと、先生がこれまで科学者、研究者として「これはすごい」という興奮を覚えた瞬間があれば、教えてください。

丸山: やっぱり、1つはアルコールCVD(化学気相成長)ですね。アルコールで、こんなきれいなものができるのかと、自分が一番驚いたという感じでした。でも、あれができたのは、実はたまたまなんですよ。その時には絶対にアルコールだという意識はなくて、試しにアルコールに入れてみたら、できちゃったと。でも、その当時のナノチューブの中では非常にきれいなものがいきなり生成できたので、すごく興奮しました。こんなきれいなものが、それもすごく簡単な方法でできてしまったから、一体どうしたんだと。むしろ、その後、論文を書きながら、他に誰かやってないかが心配になりましたよ。やっぱり、それが一番大きいですかね。

———GSDM在学生または入学を考えている学生に向けて、一言、何かいただけますか?

丸山: 私は理系の学生にどうしても目がいくんですけど、研究を進めていけばアプリケーションや社会との接点が必ずあり、そこには学ぶべきことがあると思います。その点で、今の学生たちって、コミュニケーションを取るのがすごく上手だと思うんです。私が初めてアメリカへ行ったのがスモーリーのところなんですけど、言葉も大変だし、文化も違って、結構苦労したんです。その点、今のGSDMの学生たちは自分が行きたいと思ってなくても海外に行かされますし、そういう意味ではすごく恵まれた環境になっていると思います。ただ、やっぱり、その環境の中から、自分自身で面白いものを見つけていかなきゃいけないんだろうと思います。いくらいいものでも与えられすぎるとウンザリするでしょうし、これって多分、彼らなりに大変だとは思うんですけどね。でも、それだけチャンスがあって、かつ勉強できる環境にあるってことを、ぜひGSDMの学生には活かしてほしいですね。いろいろトライして、やれることはやってほしいなと思います。

(インタビュー:岸本充生 文・構成:柴田祐子)